レストア技術のご紹介

ようやく発売にこぎつけたグランボアのカンチアーチ「ミラン」です。今回はその顛末を書いてみましょう。

 

2014年2月にグランボアのセンタープルブレーキ「シュエット」をリリースして直ぐに取り掛かったのがカンチブレーキのプロジェクトでした。シュエットのために開発したブレーキシューのトーイン機構を生かして、新しいカンチブレーキを作ってやろうと考えたのです。

 

そもそもカンチブレーキは1930年代から40年代にわたって開催されたにフランスのコンクールデュラルマンのによって生まれたブレーキ形式です。それ以前はJeayやLamといったメ―カーによって作られたカム式といわれるブレーキが多く使われていたようです。強力な制動力をもっていましたがコンパクトさに欠け、軽量化することか難しい形だったのです。そこでコンクールの参加者はおのおの独自の機構を持ったブレーキを開発して、自社のコンクールマシンに装着してその制動力と軽量さを競ったのです。それぞれが独自の規格とフレーム装着方式をもつ多くのカンチブレーキが開発されました。その結果メーカーごとに異なる多種多様のカンチアーチ用の台座が作られました。

 

ルネ・エルスのデザインによるスピーディのカンチアーチ

 

アレックス・サンジェのオリジナルカンチアーチ

 

 レフォールのカンチアーチ

このカンチアーチ戦国時代を制したのがMAFACだったのです。1946年当初はSECURITEというブラントで発売されたマハックのカンチアーチ「クリテリウム」は、取り扱いが簡便で安価でした。その後多くのプジョーやモトベカーヌといった完成車メーカーに採用されることになり、結果としてマハックのカンチ用台座がカンチアーチ用台座のグローバルスタンダードとなりました。そして日本のブレーキメーカーもこの台座に合わせてカンチブレーキを開発したのです。日本のランドナーも当然マハック台座に使えるカンチブレーキが仕様されることになりました。

セキュリテのカンチアーチ(マハック・クリテリウムの原型)

グランボアでカンチアーチを開発するにあたり、まず考えたのはこのランドナーのスタンダードとなったマハック台座への互換性でした。

レフォールのカンチアーチはレフォール専用台座への取付を前提として製作されており、そのままではマハック台座に取り付けることはできません。まずはベースとなるブレーキアームのアウトラインを採寸して、カンチアーム本体をレーザー加工で製作しました。さらに台座のステーパイプ長との差を別体のスペーサ―を作り、メタルブッシュで繋いで一体化させマハック台座をカバーできる厚みを持たせました。

スプリングフックはアーチ本体にスプリングの強さによって選べる穴を3つ用意しました。まずはこの穴に合わせてスプリングを作ってみたのです。

またブレーキシューギロチンの取付穴はレフォール同様の長円形にしました。ギロチンを上下に9mmストロークできるようにして、いろいろなフレームの台座高さの違いも調整できます。場合によっては650ABによるカンチ台座の位置違いも吸収できてホイールコンバートにも使えるようにしたのです。

 

 

これを実際に自分のランドナーに取り付けて初めてテストできたのは2014年の秋になっていました。結果は芳しくなく、引きは重く効きも宜しくなかったのです。

さてどうしたものか悩んでまず考え付いたのがアーチのボリュームアップでした。マハックにもクリテリウムに対してタンデムというアームをひと廻り大きくしたモデルがありました。同様にサイズを大きくしたものを早速に作ってみたのです。そして引きの重さは逆にスプリングの線の細いものを作ってみました。結果は良好で明らかに制動力が増して引きが軽くなったのでした。

2015年の春になり、それまでの試作データをフリーの設計エンジニアに提供してアームの3Dデータ作成を依頼したのでした。半年後エンジニアの修正提案を受けながら出来上がった2Dのデータをもとに東大阪の加工屋さんにお願いして、実際と変わらぬ材料を使用しての削り出しの試作品が出来上がったのは、2016年の1月になっていました。

ところが美しく出来上がった試作品を早速に自分ランドナーに取り付けてテストした結果は振り出しに戻るような物だったのです。

しかしこの問題を検討する中でブレーキにまつわる様々な問題点が分かってきたのでした。

まずは基本的な制動力の強弱を決定づけるのはアームの力点と作用点のピッチだということです。要はアームを長くすれば良いということです。ただあまりにも外に飛び出したアームは見た目だけでなくペダリングとの関係において問題で、今は見られなくなったMTBのカンチアーチは後期になるほどロープロフィル化がすすんで自転車の外側への突出が小さくなっていました。制動力との兼ね合いでベストと思われる力点と作用点のピッチを探るべく、数種の異なるピッチサイズのアームを製作してテストしました。結果それまでよりピッチを4mm延長したモデルに落ち着きました。たった4mmでもその差は歴然でした。

同時に協力関係にあるショップにプロトタイプをワンセット提供してテストしていただきました。こちらもどうもよくありません。お願いしたショップの結論はテストフレームのピポットピッチが80mmの現行のシクロクロスフレームだからだろうというものでした。確かに今までテストに使用したのはグランボアのフレームでピポットピッチが65mmでした。支点の位置が外側に7mmほどずれるとそれだけで大きく制動力は落ちてしまうのです。

 

さらに判ったのがブレーキレバーによって制動力が変わるということでした。最初にテストした私はテクトロのレバーを組み合わせて使っていました。これをスタッフのスラムのブレーキレバーをスペックしたランドナーに組付けたのですが差は感じられませんでした。ところがカンパのエルゴレバー仕様の試乗車に組付けましたところ同じアーチでありながら明らかに制動力が増したのです。レバーによって制動力に差が出るなんて思いもしませんでした。その後シマノ製の現行のSTIレバーとの組み合わせもテストしましたところテクトロ・スラムよりたよりないものでした。シマノさんが昔からレバーとアーチの組み合わせを変えないように注意していたのはこのためだったのです。レバー側の作用点の移動距離とアーチ側の力点の移動距離の割合のことで、これがレバー比という問題です。

そしてもう一つこれはギロチンがアーム本体より前にあるために起きる問題で、テストで使用したグランボアERモデルでは専用フロントキャリアは大きく孤を描いてフォークへと繋がっていたので気が付かなかったのですが、普通の真直ぐな足のフロントキャリアではブレーキシューがキャリアの足と干渉してしまうのです。ギロチンを使うという選択をした以上これを解決するにはアームの位置を可能な限りフレーム側へと移動させるしかありません。当初はアームの前後4.5mmずつの厚みを持ったスペーサ―をセットしていましたが、これをまとめて9mm厚にしてアームの外側へ組込んで、アームをフレーム側へと寄せることとしました。

 

以上の点を踏まえて、アームの延長とフレーム側への寄せを変更して試作をやり直し出来上がったのが今回発売したミランなのです。ピポットピッチの問題は65~70mmのフレームであれば概ねカバーできる範囲であると判断しています。またレバー比についてはこれはもう専用のレバーを作るのがベストなのですが、さすがにそこまでは出来ません。お奨めのレバーはカンパですが、今までの試作品でのテストを見る限りヨシガイさんのレバーであればそう大きく制動力の差はないと思います。

 

 

当初はアームは一体化した鍛造品でと考えておりました。しかしシュエットで掛かった鍛造のためのコストを考えると、限定的な要素の多いミランに同様な大きなコストをかけるべきではありませんでした。それまでの試行錯誤を無駄にしないよう、様々な要素をじっくりと吟味し、考え抜いて用意しましたのがプロトタイプと同様のレーザー加工による自らの工房での製作です。一つ一つを私たちグランボアのスタッフの手で削って仕上げてお客様へ届けるというカスタムメイドの自転車づくり本来の姿で提供できれば一番だろうと考えました。結果、他にない、グランボアらしい製品となりました。しかも、今まで本格的な部品作りはデザイン設計を行って後は台湾のパーツメーカへという流れだったのですが、今回私たちはミランというブレーキを私たち自身の手によって製作してお客様に使っていただける。誇りに思います。

 

 

親方

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旧車レストアでは変速機やブレーキといった部品の年式を可能な限りキッチリ合わせます。ひとつひとつのパーツを吟味して年式を合わせて完成度を高めていくのですが、最後に組み上がり完成度を高める決め手は、そうしたパーツを組み付けて行く際に使用する小物パーツです。特に変速やブレーキのケーブルのような半消耗品は当時の純正品で組み付けるとその仕上がりは全く異なったものとなります。しかしながらその純正品は極めて貴重なもので、そうした半消耗品はなかなか新品で出てくることはなくとっておきの一品なのです。

カンパニョロ純正ケーブルセット

一昨年来、日泉ケーブルさんのご協力により、50・60年代のルネエルスの標準仕様だった丸線をアウターの芯材に使用したフレンチビンテージアウターと、やはり50・60年代のイタリア・ユニバーサル社のブレーキアウターを見本にしたアウター表面がメッシュ模様のイタリアンビンテージアウターが使えるようになりました。これでルネ・エルスやサンジェのレストアと50・60年代のイタリアンロードのレストアには不自由しなくなりました。でも多くのファンをもつイタリア車が最も輝いていた時代、名車チネリ、コルナゴ、デローザ、ロッシンなどに標準装備されていたカンパニョロのレコードブレーキのケーブルが課題として残りました。それはなぜかカンパニョロ・レコードのケーブルの撚り方が普通とは逆になっていて、そしてその製造はとても困難だったからです。

左が普通のS撚りのブレーキケーブル、右はZ撚りカンパです。

現在使われている普通のブレーキケーブルはS撚りと呼ばれるS字の螺旋方向に撚られて製作されています。そしてアウターはそれとは逆のZ巻で芯材を巻いて製造されています。これは同じ方向で巻いてしまうとケーブルを引いたときに抵抗となるからです。これに対してカンパニョロ・レコードのセットのケーブルはZ撚りのインナーにS巻のアウターの組み合わせで作られていました。そのカンパでも80年代には普通のS撚りインナーのZ巻アウターの組み合わせに替わってしまうのですが、イタリア車の黄金時代70年代はカンパニョロのZ撚りのブレーキケーブルによって占められていたのです。

 

日本へ届いたケーブル材

このZ撚りのブレーキのインナーケーブルについて日泉さんで相談したときには、もはやそうしたブレーキインナー用ケーブルを撚って製造する生産設備は日本から消えていたのです。そして唯一の方法として海外の取引先でケーブル材を特別に作ってもらい日本へ持ってきて、さらにはそれを台湾へ送ってヘッドの型を起こして製品化するというものでした。そのためそれは1年以上の年月を経て形となったのです。

アウターケーブルについてはさらに困難でフレンチ・イタリアのビンテージケーブルでお世話になった亀田製作所さんに協力いただき、アウター製造装置の成形パーツをS巻専用に別途製作することによってS巻のアウター生産が可能になりました。しかも実際の生産に当たっては熟練の職人さんが機械につきっきりでこれを操作して、わずか2mづつという、本当に手間のかかる工程を経て製品化できました。

左がカンパ純正、右が今回のライナー入りのS巻レプリカアウター

アウター表面は半光沢の独特のグレー色を何度かの試作を経て発色してもらい、アウターキャップも数種あるオリジナルの中から最も適当と思われる物を選んで削り出しで製作しています。そうして最後はそのアウターキャップとアウターの嵌め合いもチェックして最善と思われる寸法を出してのアウター一式の製作となりました。

左が純正、右が今回のレプリカです。

違いはインナーヘッドの菱形にCの刻印の有無

 

さらにインナーケーブルに古色をつけたオールドタイプと新品そのままのニュータイプの2種類を用意しています。

 

これは日本の職人さんの技術と熱意によって出来上がった70年代のイタリア車のレストアに欠かすことのできないブレーキケーブルセットです。

 

余談

早速に今回出来上がったレプリカブレーキケーブルを、70年代のオールカンパのイタリアンロードで組み替えたところ、20歳のころに初めて乗った友人のコルナゴスーパーのカンパブレーキの剛性感のある制動を思い起こしました。「そうそうこれがカンパのブレーキだよね」としみじみ独り言を呟いていました。力強いオールカンパの復活です。

 

 

親方

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2017.11.20

Vブラケット

シクロランドナーといえばVブラケット。40年代50年代のフランスランドナーにはシクロランドナーが定番的についています。その変速機をフレームに取り付ける形もいろいろでした。メーカー純正のシクロ直付け台座もあったのですがこれではちょっと味気ない、高級ツーリング車のクリエーターは各々に取り付けスタイルを考えました。Vブラケットと呼ばれるようになつたエルスの様に2本のパイプを組み合わせたもの、サンジェのは4本、ルーテンスは3本でした。そういえば1本というのもありました。

Rene HERSE

 

Alex SiNGER

 

Jo.ROUTENS

 

メーカー不詳

日本ではトーエイ社がエルスを真似た2本のVブラケットを作っています。でもエルスとの違いはエルスは8mmパイプを使用しているのに対して丈夫なちょっと太めの9mmパイプです。

チェンステーへの取付部には菱形補強版が入っています。そしてシクロ取付部の板は差し込み部を持たせた専用品ですね。

昭和40年代に製作されたトーエイのシクロ仕様車のVブラケットは異様に長く作られていました。やはり昔の人はジョッキープーリーがローギアより上にあると変速しずらいと考えたのでしょうね。エルスを見ますとシクロを取り付ける位置はほぼ一様です。実際変速してみますとかなりのワイドレシオでも問題なく変速させることができます。つまりVブラケットの取付位置は変速機のシャフトとフリーへの平行性さえしっかり出せば細かな位置は大きな問題にならないということです。

実際の製作ではまず取り付け部ブラケットを鉄板から削って用意して、このブラケットを定盤に固定したフレームに対して平行が出るようにマグネットに棒を立てた先端に取り付けられる簡単な冶具を製作しました。

フレームとブラケット取り付け部の位置をほかのエルスの車体から拾った数字で決めて、これに合うようにベンダーで曲げておいた8mmパイプを現物合わせで削り込んでいきます。2本のパイプが用意できたところで1mmの鉄板から切り抜いた菱形補強版をセットして準備完了。あとは一気にロー付けして完成です。

でも今回はチェンレスト仕様、6速分のストロークが必要でした。通常より5mm外側来るようにブラケットも長めになりました。ホイールと変速機を取り付けてストロークをチェックしてOKです。

完成するしたエルスのVブラケットにマウントされた6Vのシクロランドナー。

親方

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50年代のエルスには必ずエルスのスペシャルメゾンのフロントメカが仕様されています。これは角パイプと角パイプを組み合わせ、内側のパイプに直付けされた羽根をスライドさせるという極シンプルなものです。構造は簡単ですが作るとなると大変です。

トーエイ社でもコピーのフロントメカを製作していますが、このメカの肝である角パイプが曲者で、そもそも細い角パイプは市販品がありません。トーエイ社で使用している角パイプを分けてもらうとこれがエルスより一回り太い11mm角と8mm角の組み合わせで、オリジナルのレストアには使えません。

オリジナルの羽根の角パイプをよくよく見ますと、その断面はコの字型の角材に蓋をしています。そうなんです。それは既製品ではなくエルスで作られていたものだったのです。

用意するものは9mmと7mmの角棒です。これをそれぞれ肉厚1mmになるようにフライスで加工します。それに合うように用意した1mmの鉄板をふたにして銀ローで取り付けます。後は振り付けた蓋の余分なところを削って仕上げれば角パイプが出来上がります。

フロントメカの羽根は1.5mm厚の鉄板から切り出しての成形になります。これは断面をコの字型に曲げるのがちょっと手間です。羽根の内側のプレートは叩いて叩いて縁を曲げていきます。そこに出来上がった羽根に作っておいた7mmの角パイプを直付けしておきます。

出来上がった外側の角パイプは片方を同じ要領で1mmの鉄板で塞いでしまいます。変速用のロッドを通すための穴もオリジナルと同様にパイプを削ってあけておきます。

フレームへの取付で問題なりますのは直付けの位置です。あらかじめ使用するチェンホイールをセットしてアウターの刃先の位置とストロークするべき内外を確認します。そのうえでまず角パイプの取付位置にこれまた鉄板から削り出しておいた菱形の補強版を直付けします。そこに加工の終わった9mmの角パイプをロー付けするのですが、あらかじめ用意しました羽根のロッドと位置関係を何度もチェックしながらの位置決めになります。もちろん左右のストロークを内外きっちり合うように固定してロー付けです。

ここまでくればフロントメカの再生はほぼ完成です。チェンホイールを再びセットしてストロークさせてみます。きっちり羽根の高さとストローク幅がでていればOKです。後はロッドの支点を固定する台座を削り出して直付けします。

でも今回はもう一つ特別なスペックでした。チェンジケーブルが内蔵仕様になっていたのです。当然これはそのまま使ってワイヤー引きで再生の必要がありました。ワイヤー引きとは言えフレームの直付け関係は通常のロッド式と同じです。以前ワイヤー引きをレストアしたときの記録をもとに、6mmのデュラルミンの板から削りだしで製作しました。これもかなり特殊な形状ですが金ノコと旋盤をつかえば何とか作れます。

エルスのフロントメカケーブル内蔵工作ですが、普通のフロントメカではダウンチューブからBB外の下側を通ってBB裏へパイプが這わせてあるのですが、このフレームではダウンチューブにパイプは入っていません。入口がついている他はBBの中の上側にワイヤーリードがあって後は出口の穴が開いているだけ、ある意味でセッティングは簡単です。

これなら、ロッド式からの変更もできますね。

めでたし。めでたし。

 

 

親方

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