レストア技術のご紹介

2017.12.04

ブレーキの製作

ようやく発売にこぎつけたグランボアのカンチアーチ「ミラン」です。今回はその顛末を書いてみましょう。

 

2014年2月にグランボアのセンタープルブレーキ「シュエット」をリリースして直ぐに取り掛かったのがカンチブレーキのプロジェクトでした。シュエットのために開発したブレーキシューのトーイン機構を生かして、新しいカンチブレーキを作ってやろうと考えたのです。

 

そもそもカンチブレーキは1930年代から40年代にわたって開催されたにフランスのコンクールデュラルマンのによって生まれたブレーキ形式です。それ以前はJeayやLamといったメ―カーによって作られたカム式といわれるブレーキが多く使われていたようです。強力な制動力をもっていましたがコンパクトさに欠け、軽量化することか難しい形だったのです。そこでコンクールの参加者はおのおの独自の機構を持ったブレーキを開発して、自社のコンクールマシンに装着してその制動力と軽量さを競ったのです。それぞれが独自の規格とフレーム装着方式をもつ多くのカンチブレーキが開発されました。その結果メーカーごとに異なる多種多様のカンチアーチ用の台座が作られました。

 

ルネ・エルスのデザインによるスピーディのカンチアーチ

 

アレックス・サンジェのオリジナルカンチアーチ

 

 レフォールのカンチアーチ

このカンチアーチ戦国時代を制したのがMAFACだったのです。1946年当初はSECURITEというブラントで発売されたマハックのカンチアーチ「クリテリウム」は、取り扱いが簡便で安価でした。その後多くのプジョーやモトベカーヌといった完成車メーカーに採用されることになり、結果としてマハックのカンチ用台座がカンチアーチ用台座のグローバルスタンダードとなりました。そして日本のブレーキメーカーもこの台座に合わせてカンチブレーキを開発したのです。日本のランドナーも当然マハック台座に使えるカンチブレーキが仕様されることになりました。

セキュリテのカンチアーチ(マハック・クリテリウムの原型)

グランボアでカンチアーチを開発するにあたり、まず考えたのはこのランドナーのスタンダードとなったマハック台座への互換性でした。

レフォールのカンチアーチはレフォール専用台座への取付を前提として製作されており、そのままではマハック台座に取り付けることはできません。まずはベースとなるブレーキアームのアウトラインを採寸して、カンチアーム本体をレーザー加工で製作しました。さらに台座のステーパイプ長との差を別体のスペーサ―を作り、メタルブッシュで繋いで一体化させマハック台座をカバーできる厚みを持たせました。

スプリングフックはアーチ本体にスプリングの強さによって選べる穴を3つ用意しました。まずはこの穴に合わせてスプリングを作ってみたのです。

またブレーキシューギロチンの取付穴はレフォール同様の長円形にしました。ギロチンを上下に9mmストロークできるようにして、いろいろなフレームの台座高さの違いも調整できます。場合によっては650ABによるカンチ台座の位置違いも吸収できてホイールコンバートにも使えるようにしたのです。

 

 

これを実際に自分のランドナーに取り付けて初めてテストできたのは2014年の秋になっていました。結果は芳しくなく、引きは重く効きも宜しくなかったのです。

さてどうしたものか悩んでまず考え付いたのがアーチのボリュームアップでした。マハックにもクリテリウムに対してタンデムというアームをひと廻り大きくしたモデルがありました。同様にサイズを大きくしたものを早速に作ってみたのです。そして引きの重さは逆にスプリングの線の細いものを作ってみました。結果は良好で明らかに制動力が増して引きが軽くなったのでした。

2015年の春になり、それまでの試作データをフリーの設計エンジニアに提供してアームの3Dデータ作成を依頼したのでした。半年後エンジニアの修正提案を受けながら出来上がった2Dのデータをもとに東大阪の加工屋さんにお願いして、実際と変わらぬ材料を使用しての削り出しの試作品が出来上がったのは、2016年の1月になっていました。

ところが美しく出来上がった試作品を早速に自分ランドナーに取り付けてテストした結果は振り出しに戻るような物だったのです。

しかしこの問題を検討する中でブレーキにまつわる様々な問題点が分かってきたのでした。

まずは基本的な制動力の強弱を決定づけるのはアームの力点と作用点のピッチだということです。要はアームを長くすれば良いということです。ただあまりにも外に飛び出したアームは見た目だけでなくペダリングとの関係において問題で、今は見られなくなったMTBのカンチアーチは後期になるほどロープロフィル化がすすんで自転車の外側への突出が小さくなっていました。制動力との兼ね合いでベストと思われる力点と作用点のピッチを探るべく、数種の異なるピッチサイズのアームを製作してテストしました。結果それまでよりピッチを4mm延長したモデルに落ち着きました。たった4mmでもその差は歴然でした。

同時に協力関係にあるショップにプロトタイプをワンセット提供してテストしていただきました。こちらもどうもよくありません。お願いしたショップの結論はテストフレームのピポットピッチが80mmの現行のシクロクロスフレームだからだろうというものでした。確かに今までテストに使用したのはグランボアのフレームでピポットピッチが65mmでした。支点の位置が外側に7mmほどずれるとそれだけで大きく制動力は落ちてしまうのです。

 

さらに判ったのがブレーキレバーによって制動力が変わるということでした。最初にテストした私はテクトロのレバーを組み合わせて使っていました。これをスタッフのスラムのブレーキレバーをスペックしたランドナーに組付けたのですが差は感じられませんでした。ところがカンパのエルゴレバー仕様の試乗車に組付けましたところ同じアーチでありながら明らかに制動力が増したのです。レバーによって制動力に差が出るなんて思いもしませんでした。その後シマノ製の現行のSTIレバーとの組み合わせもテストしましたところテクトロ・スラムよりたよりないものでした。シマノさんが昔からレバーとアーチの組み合わせを変えないように注意していたのはこのためだったのです。レバー側の作用点の移動距離とアーチ側の力点の移動距離の割合のことで、これがレバー比という問題です。

そしてもう一つこれはギロチンがアーム本体より前にあるために起きる問題で、テストで使用したグランボアERモデルでは専用フロントキャリアは大きく孤を描いてフォークへと繋がっていたので気が付かなかったのですが、普通の真直ぐな足のフロントキャリアではブレーキシューがキャリアの足と干渉してしまうのです。ギロチンを使うという選択をした以上これを解決するにはアームの位置を可能な限りフレーム側へと移動させるしかありません。当初はアームの前後4.5mmずつの厚みを持ったスペーサ―をセットしていましたが、これをまとめて9mm厚にしてアームの外側へ組込んで、アームをフレーム側へと寄せることとしました。

 

以上の点を踏まえて、アームの延長とフレーム側への寄せを変更して試作をやり直し出来上がったのが今回発売したミランなのです。ピポットピッチの問題は65~70mmのフレームであれば概ねカバーできる範囲であると判断しています。またレバー比についてはこれはもう専用のレバーを作るのがベストなのですが、さすがにそこまでは出来ません。お奨めのレバーはカンパですが、今までの試作品でのテストを見る限りヨシガイさんのレバーであればそう大きく制動力の差はないと思います。

 

 

当初はアームは一体化した鍛造品でと考えておりました。しかしシュエットで掛かった鍛造のためのコストを考えると、限定的な要素の多いミランに同様な大きなコストをかけるべきではありませんでした。それまでの試行錯誤を無駄にしないよう、様々な要素をじっくりと吟味し、考え抜いて用意しましたのがプロトタイプと同様のレーザー加工による自らの工房での製作です。一つ一つを私たちグランボアのスタッフの手で削って仕上げてお客様へ届けるというカスタムメイドの自転車づくり本来の姿で提供できれば一番だろうと考えました。結果、他にない、グランボアらしい製品となりました。しかも、今まで本格的な部品作りはデザイン設計を行って後は台湾のパーツメーカへという流れだったのですが、今回私たちはミランというブレーキを私たち自身の手によって製作してお客様に使っていただける。誇りに思います。

 

 

親方

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