親方の投稿記事一覧

2016.10.29

サイクルモード幕張 予告2

当店の最も得意、かつお奨めできるブランドがフランスの「ルネ・エルス」です。すべてのランドナーのお手本といってよい名車中の名車。

 

【Rene HERSE Mixte CAMPING 1950’】

1950年代製造の婦人用キャンピング車をご用意しました。

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当店にやってきたときはかなり錆が出ている状態でしたが、塗装状態は良かったのでリペイントではなくタッチアップで補修することとしました。可能な限り当時の雰囲気をそのままに、貴重なオリジナルの手書きロゴや線引きを生かすレストアとしています。

 

 

 

変速機は1950年代にツーリング用に最も多く使用されたヘリコイド式ディレイラー「シクロランドナー」です。単純な構造ですが、実はセッティングはとても大変です。日本では重厚感のある650×42B仕様のランドナーの変速機というイメージですが、こうして700Cで使ってもスッキリします。

 

 

 

オリジナルのチェーンホィールの仕様はフロントシングルでしたが、本格的ご婦人用キャンピング車ということで当店にてフロントダブルに変更いたしました。そしてこの自転車に合うよう選んだ変速機はこれまた希少なシクロのリジド(ロッド式)です。

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ブレーキはエルスのオリジナルカンチ。リア用カンチアーチは出っ張りの少ないミキスト用のスモールタイプが使われています。

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リムは50年代のマビック・クリテリウムが使われておりましたが、再生不可能なほど変形しており交換しています。グランボアのビンテージ特別仕様リム「パピヨンビンテージ」で本格的ツーリングにもお使いいただけます。RH286_4

 

 

 

出来あがりの詳細はサイクルモードの会場でお確かめください。

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本日キムラのバッテリーライト再入荷いたしました。それと、IRIBEさんのボトルゲージも今なら両方ともありますよ。お待たせいたしました!(専務より)

親方


2014.09.01

ちょっと重い「超軽量タイヤ」

大変好評を得ていますグランボアの超軽量 タイヤ「エキストラレジェ」シリーズ。

実は今回のロットの大半がいつもより10%ほど重く仕上がってしまいました。。。タイヤの重量には個体差は必ずあるものですが、今回はその振り幅が大きく従来より重めのタイヤが沢山ありました。そして時を同じくして作られたスタンダードのタイヤが軽く仕上がってきていたのです。スタンダードタイヤが軽くなることはそれはそれで結構なのですが、結果、両モデルの重量差がほとんどない状況が発生してしまったのです。。。気が付いてすぐにショッピングサイトでの販売を停止しパナソニックさんと協議を重ね、すべての在庫品を再検品してもらいました。重量増の原因は製造ラインでのケージングに補強塗布するゴムの目付け量の加減により起きたモノと判明しました。

「いつもより重いエキスラレジェ」と「いつもより軽いスタンダードモデル」いずれも製品の耐久テストを改めて行い、その結果ほとんどのタイヤがメーカーのお墨付きを持って戻ってまいりました。ようするにメーカーとしては公差内の重量変動で、製品として使用上の問題はないとのことなのです。

今回再び販売を開始させて頂きますが、超軽量と謳っておきながら実はスタンダードと重量差のほとんどないタイヤですので、今回のエキストラレジェシリーズは在庫限りではありますが3割引にて販売させていただきます。もう、何度かツーリングで使用していますが、走りの面では今までのエクストラレジェと違いは感じることはありません。いつもより丈夫で軽量しなやかタイヤとなっている塩梅なのです。この機会にぜひお試しいただければと思っています。次の生産時には再び元の軽量タイヤになる予定です。

 

お買い物はこちらからどうぞ。

親方


2014.07.10

追悼

大切な恩人が亡くなりました。

河合淳三さんと出会ったのは初めて訪れた台湾のサイクルショーでした。いろいろなパーツメーカーを捜して訪れたそのショーのとある変速機メーカーのブースにその方はいらっしゃいました。そこで旧知の大阪市内の問屋の社長さんとあいさつを交わしているのをお見かけして、その方が昔マエダ工業という会社の社長さんだった方と確認した私は、失礼も顧みず突然に声をかけてランドナーのためのパーツを作ってくれるパーツメーカーを紹介しただけないかとお願いしたのでした。どこの誰とも知れない私の不躾なお願いにも関わらず、丁寧にお話しを聞いていただき個々のパーツについて具体的なお話を進めていくことを約束いただきました。

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日本に戻ってからさっそく京都のお店までおいでいただき、変速機やハブについて色々とお教えいただきました。その後も堺の事務所にお伺いした折には昼食をごいっしょさせていただき、海軍の特攻隊にいた戦時中のお話や草創期の自転車業界についてなど聞かせていただき、とめどなく時間をすごしたものでした。
当店主催の古い自転車のお遊びレースの折には我が家にお泊りいただいたこともありました。一緒にレース観戦そしてプレゼンターまでつとめていただきました。

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3年前までは台湾へ出かけられていて、台北ショーではジャイアントやスぺシャライズド、その他の名だたる自転車メーカーの方たちとたいへん親しくされている様子を拝見しました。世界の自転車メーカー・パーツメーカーに大変な影響をあたえた方であることを目の当たりにしたものでした。

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最後にお会いできたのは昨年の年末でした。たまたま私の手元にめぐり回ってきたサンツアーの最初期の変速機シリーズの資料をご覧いただくためでした。一つ一つのディレイラーを手に取って当時のことを説明いただくときは本当に生き生きとされていらっしゃいました。

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本当に偉大な自転車人だったと思います。いつお会いしてもその時々に興味を持って実現しようするプロジェクトを楽しげに語られるそのエネルギーに大いに刺激を受けました。現在当店の提供するランドナー用の変速機やハブの成立には大きな手助けをしていただき感謝の念に堪えません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

親方


2009.12.31

追悼

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エルネストは私にとって偉大なる師でした。

最後まで自転車人として生き、そして死んだ最後のアルティザンといえると思います。彼は私との約束を果たし、自転車人としての最後の仕事を終えて旅立って行きました。「自転車屋は死ぬまで自転車屋だ」と云っていたその言葉どおり、自転車屋であることを止めたときその人生を終えたのでした。

18年という短いような長いような年月、毎年のようにパーツとオーダーシートを携えてエルネストのもとを訪問することは楽しみでもありました。いまでも空港からタクシーで直行した私たちを店の前で待っていてくれたエルネストの笑顔が思い出されます。そして2年前のラリーサンジェールでは一緒に走り、今夏はアルプスの別荘でともに過ごすことも出来ました。私はエルネストとの関係を全うすることが出来たと思います。

今回の現地滞在24時間。本当にお葬式に参列するためだけの滞在でしたが、家族同様に扱ってくれて納棺式や埋葬にも立ち会って参りました。納棺の前の最後のお別れで拝見したエルネストの表情はかすかに微笑んでいて、その一生に満足しているかのようでした。葬儀には200名以上と思われる自転車仲間が参列しており、最後の別れを惜しんでいました。その後遺体はルバロア市内の市立墓地にあるスューカ家のお墓に埋葬されました。別れは寂しいものではありますが、私はその場に立ち会えたことが幸せです。

これからアレックスサンジェのブランドは3代目たるオリビエによって引き継がれて行きます。それは決して楽な道ではないはずですが、彼は彼の父親やその兄と同じ様に自転車を作り続けることを生業としました。既に大分以前から彼は自らの手で自転車作りを始めています。サンジェのホームページのトップ右側にFR3(フランスのテレビ局)のニュースレポート番組の動画のリンクがあります。この中でオリビエがビルダーとして紹介され、フレーム作っている画がでてきます。このフレームはうちからオーダーしました大阪の方のシクロ仕様のポーターです。現在メッキ・塗装を終え組立に入っています。おそらく来年早々には出来上がってくると思います。

おそらく今後も注文があれば古いパーツで作ることも出来ますでしょう。ただ本人は現在志向の人間ですから、やはり現行パーツをスペックしてということを前面に出すと思います。それは現在ホームページに紹介されている最近のサンジェのモデルでもわかると思います。でもそれは今まで彼の父が作ってきたサンジェと、彼が自分の自転車体験とを重ね合わせて作り出しているものです。これからもオリビエ氏の作り出す新たなるアレックス・サンジェが日本の方々にも受け入れられることを強く望みます。それは間違いなくサンジェの歴史を継ぐものなのですから。

2009.12.31

土屋郁夫

親方


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