アイズの独り言>

今回のグランボアのコンクールマシンのスペックを解説してゆきます。

 

フレーム

使用しましたフレームパイプはカイセイの4130Rです。無茶苦茶軽い訳ではありませんが、0.7/0.5/0.5のパイプは十分に軽く充分な剛性があって硬すぎず実用的なランドナーにはピッタリ合っていると思います。現在グランボアでは標準パイプとして使っています。

ラグはエルスカットを台湾ラグメーカーのパターンレスラグから削り出しています。ただしラグの角度はかなり立ち気味のフレームに合わせてありますので、加工前に角度合わせの処理をしなければなりません。実際のエルスのフレームを前において削り出していると、シンプルなデザインの中に合理的な法則のあることがわかります。

エンドは一台一台最適な角度でレーザーカットで製作しています。またフロントフォークエンドはSONのコネクターレスハブダイナモ用の端子埋め込みエンド用に加工・製作しています。

 

塗装はせずフランスのハイエンドランドナーに多くみられるトゥークロメ(総メッキ)にしました。ただトゥークロメには弱点があります。それはパイプが集まっているシートラグやBB周りはクロムメッキの乗りが悪く、下地メッキのニッケルが露出してしまい錆びやすくなってしまうことです。そうした部分には専用の電極を用意してメッキをすれば大分軽減されるのですが、普通のメッキ屋さんではそこまでは対応していただけません。そもそもフレーム研磨はメッキ屋さんでは受けてくれません。そのため研磨はアイズ工房内にて手作業での研磨になりますので大変な手間仕事になります。これがかなりのコストとなり最大の弱点かもしれません。

 

塗装の代わりに線引きをしています。濃い緑と金色で函を2つ組み合わせる形になっています。これもフランスの古典的な手法です。現在グランボアのフレーム塗装は京都市内の専属の塗装屋さんにお願いしています。もともとは線引きをお願いしたことから始まったので線引きには十分な経験と技術があります。

 

コンポーネント

まずメインコンポにはスラムのレッドeTapAXSという最新の電動ワイヤレス12速のシステムを用意しました。これは何といっても変速ケーブルも給電ケーブルもなく、組み立ても調整も極めて簡単なシステムです。まさしくフェザータッチのスイッチによるストレスフリーの変速は、ガラガラガッシャーンの骨董品の変速システムに慣れ親しんだ身からしますと、自動車のマニュアル車とオートマ程の差になりますでしょうか、さらにというか当然ブレーキレバーと一体ですので、パドルシフトになるのでしようか。しかも携帯アプリが用意されていてシフトの設定を変えることができます。スラムレッドeTapの場合、左右のレバーにそれぞれ1つのスイッチがついていてリアメカをシフトする際には右レバーでシフトアップ、左レバーでシフトダウンとなります。左右同時のシフトでフロントメカが作動してアウターからインナーまたはインナーからアウターへ変速するようになっています。この12速化したAXSではさらにフロントメカをオート化して単に右でシフトアップ、左でシフトダウンさせ、あとはギアレシオに従ってメカ側が勝手に動いてフロントシングルと同様に扱うことができます。フロントメカを意識して変速する必要がなくなっています。これを実際に操作してみますと上り14段、下り15段で変速することがわかります。

またギアレシオもリアの最小スプロケットを10Tとしてチェンホイールのコンパクト化して46×33とロードバイクとしてはかなり小さくなっています。このフロント46/33に対してリア10/11/12/13/14/15/17/19/21/24/28/33となっています。これをギアテーブルで古典的なランドナーのレシオ48/44/28の14/16/18/21/24と比較しますとトップ側に3枚、ロー側に1枚追加されている状態です。私の実際のツーリングではトップ側3枚は使うことはまずありません。私の場合は実質11速になってしまいます。でも実際に使用するととにかくラクチンで、トルクをかけた登り坂での変速でもスムーズにチェンジしてくれます。人間が退化してしまう使い勝手の良さになっています。

 

チェンホイールは先に挙げた通りスラムレッドの12速対応ダブルギアにカーボンクランクのセットなのですが、このギアはアルミの一体削り出しになっています。今どきの軽量リアカセットはアルミや鉄のインゴットからの削り出しで軽量化が図られているのですが、このアルミ製ダブルリングもアルミの一枚板からの削り出しとなっています。

変速機に使用されているバッテリーは前後共通の小型リチウムイオンバッテリーで一回充電しますと私のツーリングでの使用程度でほぼ1日半は使用可能です。やはりリアの変速回数が多いのでリアの方からバッテリー切れとなりますが、ツーリング終盤での電池切れの時は前後バッテリーを入れ替えることによってしのぐことも可能です。

 

ホイール

今回使用したホイールですが、フロントハブにはSONdeluxワイドボディSL28Hを、リアにはグランボアの試作品のスラム12速対応カセットXDRボディモデルの28Hを使用しています。

SONのハブダイナモはブルべの世界では定番的な存在ですが、ちょっと価格が高めなのが欠点です。それでも生産が追い付かないほど売れているという噂があるから不思議です。最近いろいろとバリエーションが増えていますが、基本は「28」と「delux」の2種類です。違いは「28」は回転数が上がらない、ゆっくりとしたスピードでも効率の良い発電をするのに対して、「delux」は内部抵抗を減らす代わりに発電効率のピークが回転数の高いところに設定してあって、要は早く走る人もしくは小径車用ということになります。

SONのSL(コネクターレス)ハブはホイールの着脱時の煩わしいコードの抜き差しがなくとても楽です。ただ専用のフロントフォークエンドが必要ですので、ただ純正品はとても大きく重いのです。グランボアでは通常のグランボアエンドをわずかにサイズアップして製作して、電極端子の絶縁体が収まる凹みを付け、フォーク鞘との角度に合わせてコードを半田付けで接続します。手間はかかりますがお陰でフロントエンド周りはスッキリします。

 

リアハブのカセットはスラム12速専用のXDRボディです。まだXDR自体発売したてのカセット形式のため、とりあえずグランボアのハブを製作していただいている台湾メーカーがすでに生産しているXDRボディの中から組み合わせが可能と思われるものをハブごとサンプルとして送ってもらい、スルーアクスハブ用に大穴の開いたカセットボディをスリムなグランボアハブに合わせられるようにアダプターを製作しました。何とか12速のカセットを取り付けることが出来まして、ハブだけはシルバー仕上げになりました。

 

スポークは今回28Hのハブとリムが用意できましたので、決戦ホイールの定番であるDTの最軽量スポーク「レボルーション」にアルミニップルの組み合わせです。

リムは昨年ダブルアイレット化したことによって製品化した28Hのリムでアイレットのない36Hリム(パピヨンビンテージ)よりは22gほど重くなってしまいますが、スポーク数の減少の軽量化が29gでわずかにアドバンテージがあります。

タイヤは650×38Bのエキュレイユ。このタイヤは前回の2017年のコンクールの際に試作を重ねてほぼスペックを確定していたものですが、前回のコンクールのコースは未舗装率が高くパンクの可能性が高くなるので使用しませんでした。その後舗装路専用ということで製品化したもので、今回のパリプレストパリのようなロングの舗装路コースにはうってつけのタイヤとなりました。重量も240gと700×26Cのタイヤ並みの軽さです。何よりもケージングを補足しなやかな素材にすることによって得られる振動吸収性の向上はとても大きいものです。

チューブはソーヨータイヤさんが開発中の650B用のラテックスチューブです。すでに700C用のチューブは市販されていますが、最近のマスメーカーの27.5インチタイヤの採用拡大に対応するように650B用のチューブを研究開発しています。ラテックスですから軽いことはもちろんですが、超軽量タイヤのしなやかさをスポイルすることなくさらにソフトな乗り心地をもたらしてくれます。

 

ペダル

ペダルはシマノのA600です。実物を見るととても原型をとどめておりません。塗装を剥がして走行に不要な部分はすべて削り落としてしまいました。

ペダルシャフトは中国製と思われるサードパーティのチタンシャフトのものにしましたがこのチタンシャフトが直にボールを受ける構造で、ものの60kmも走ると使い物にならなくなってしまったのです。そこでこのチタンシャフトを削って適合するシールドベアリングを用意して対応しています。

 

ブレーキ

ブレーキはカンチアーチのグランボア「ミラン」です。最近はMTBのみならずロードの世界でもディスクブレーキにあらずんばという風潮ですが、ディスクにはメンテナンス性の悪さ故に、耐久性と修理の簡便さを必要とされるツーリング自転車には適さないという欠陥があります。さらにはマウント方式によるフレームやドロヨケへの制限もあり、ランドナーには組み入れるのには不向きなシステムです。最も問題なのはスルーアクスル方式対応のエンドによりフレームそのものも一般普及のものとは互換性がなくなってしまい、旅先での重大なトラブルに対応できないのです。またスルーアクスルではホイールの着脱が手間のかかり、クイックレリーズならぬスローレリーズになってしまっています。

グランボアではセンターブレーキ「シュエット」をまず開発しました。これは半世紀以上にわたりツーリング車に使用されていたマハックのレーサー・ライドのディメンションをそのままに、現行パーツとの組み合わせにも合うようにデザインをモダナイズドして製作したものです。ただ太めのタイヤにはやはりブレーキ開放時のホイール取り扱いが楽なカンチブレーキも必要と考えセンタープル「シュエット」に続けて開発したものです。ベースになったのはフランスのドロヨケメーカー・レフォール社の作っていたカンチブレーキですが、これをブレーキ台座もマハックとは異なり、またそのままのディメンションでは全く効かないブレーキでした。そのディメンションを様々に変更した末に導き出した数字をもとに製作しましたのが「ミラン」です。私の使用感ではセンタープルシュエットより制動力は上と思います。重要なのはフレーム側のブレーキ台座の位置で、特にピポットのピッチがマハック・クリテリウムと同様に75mmである必要があります。現行の市販フレームのカンチ台座は今世紀になってシマノが作ったシクロクロス用カンチに準拠しているためピポットピッチが82mm前後と拡がってしまっています。そのためミランのパフォーマンスを発揮させることはできません。でもピポットピッチ75mmで作られたフレームではあれば遺憾なくそのパフォーマンスを感じていただくことができます。

今回のCdMではさらに軽量化を進め、本体・ブレーキシュー・ギロチンダルマの肉抜き加工を施し、トーイン調整機構の省略とボルト・ナット・ワッシャーのチタン置き換えを行っています。

ブレーキケーブルは日泉ケーブルのSP31のインナーケーブルに、フレンチビンテージのアルミ版アウターです。丸線構造のアルミアウターは平線のアルミアウターよりわずかながら軽量になっています。

 

ドロヨケ

使用したドロヨケ本体は本所工研のH50Nという、極々普通の丸型断面のモデルです。これをグランボアのER輪行で使用しているフレームへの着脱金具を取り付けて、輪行時の手間を簡単に済ませることができるようにしています。ただ今回はライトを前ドロヨケの先端に持ってきていますので、その電装コードの処理で悩んで出した結論がこれです。

ドロヨケ側には通常のクラウンで使用する大きなゴムのワッシャーを絶縁体として使用してそこに大きな平ワッシャーを乗せて接点としています。これに対してクラウン裏にはカーボンブラシと同様にバネで伸び縮みする接点を埋め込んでいます。これでドロヨケを外すのにいちいちコードを取り扱うこともなく、また組み立て時もそのまま取りつければ給電状態になるようにすることができました。

 

サドル

今回のサドルはイデアル90チタンベースです。現在製作されているイデアル90ですがとても革質が良くなって旧いイデアルの劣化した革を張り替えて新品にすることができます。当然昔のアルミベースやチタンベースのサドルの革の張替えを希望されるロングユーザーの要望に応えているうちに、チタンパーツやアルミクロワッサンの再生産を行いチタンベースが活することになったのです。今回はさらなる軽量化を求めて革を固定するリベットもアルミでとリクエストしたところ、イデアルが答えてくれて金属部分はアルミとチタンで作られた超軽量イデアル90が出来上がりました。

シートピラーはヨシガイさんのグランコンペENEピラーです。このピラーは私が初めて台湾の自転車産業の中心地「台中」を訪れた際にお世話になったダイヤコンペ台湾のK氏にこんなシートピラー捜してますとお話ししたところ見事にぴったりのピラーを捜して、ポリッシュ仕上げにという無理な希望を聞き届けていただいて商品化されたものです。このピラーのお陰でピラーのヤグラを隠してスマートなサドルの取り付けができて本当に助かっています。サンエクシードのクランクやディレイラーもそうですが、こうした皆さんの協力あって今なおランドナーのスタイルは維持されているのです。今回はCdM用としてセンターのボルトはTi製に交換、フレームに隠れる部分も最低限の5㎝と短くしてあります。

 

ハンドル

グランボアのハンドルはかつてフランスで使われていた代表的なハンドルを復刻したものです。フランス型マースバーは1960年代から70年代に作られていたフィリップ・プロフェッショナルを模しています。リーチが長く作られているこのハンドルはステムの突き出しを短くしてフロントバッグとサイクリストとの位置関係を良好なものにしてくれます。最近のハンドルはやたらにリーチが短くその分ブレーキレバーのボディを大きく前へ伸ばす形にしています。乗車姿勢に変わりはないように見えますが、フロントバッグを取り付けますと前輪の中心より前へ飛び出る形になってしまい、ハンドル操作にも影響します。ステムの突き出しは短く、リーチのあるハンドルでポジションを確保するのがランドナーの姿と思います。そのフランス型マースバーにエアロ形状のブレーキレバー・・・ちょっと最近聞かない言葉かも・・・を取り付けるのであればやはりエアロレバーが登場してきたときのように、ハンドルにブレーキケーブルを添わす溝が必要ということで、今回新たにバージョンを増やしました。ううう、在庫が増えていく・・・

ステムはスイッチを取り付けるために従来品のグランボアクロモリステムを改造しています。引上げ棒の入るコラム部分を単なるパイプにしてそのトップにプッシュ式のライトスイッチを嵌めてフォークコラム側の電装コードとは樹脂コネクターを使って接続できるようにして、ハンドルを分離することも可能にしています。これでフォーク抜き輪行も可能になりました。

バーテープはフランスランドナー伝統のニス仕上げです。改めて説明しますと普通の白色コットンバーテープの上に、シラックニスというバイオリンなどにも使われる伝統工芸的なニスを塗ります。2日間程かけて塗っては乾燥させてを20回ほどは繰り返して塗って仕上げます。綿のバーテープは通常1年ほどで巻替えの必要がありますが、このニスの塗布によって10年以上持つほどに強度アップします。私の1996年製のグランボア1号車は10年ほど前に追加塗りをしてまだまだ使えます。特にセーム革のグローブを嵌めて使い込むとシットリとしてとても良い感じになります。

 

キャリア

フロントキャリアは今回のCdM用に5mmパイプで製作したものです。さすがに5mmで作ると強度的には大分落ちますが、私がフランスでもっとも野心的かつ実用的なランドナーと敬服している初代サブリエールのランドナーのキャリアが5mmパイプで作られています。私の手元にあるサブリエールの5mmキャリアはかなり曲がってしまっていますので、やはりどちらかというと決戦用のキャリアでしょうか。クラウンへの固定はフォークコラム内に電装のための仕掛けを入れているため、クラウンサイド留にしています。

バッグ

今回のフロントバッグは登山用のザックの素材を使って強度アップと軽量化を図りました。昔の登山用のキスリングは自転車同様帆布で作られていて雨に降られると水にぬれて重くなり、長いこと使っていると擦り切れて穴も開いたものでした。いま登山用品店に並ぶザックは色とりどりで、本当に軽く丈夫になっています。また薄い生地なのにとても丈夫です。これを自転車で使わない手はないとまずは生地をネットで捜して、グランボアのアイディアを盛り込んで使い勝手を考えたバッグとなりました。手作りですが、幾度となく作り直しても生地が傷むことなくサイド縫い合わせることができるので本当に丈夫な素材であることがわかります。

今回はブルべ用に走行中の食糧補給を考えてマップケース直下のポケットに厚みを持たせてチャックでの開閉を使って中身を取り出しやすくしてあります。また着替えなどは巾着式の小型スタッフバッグに入れて後ポケットの位置に紐で固定できるようにして、走行中に脱落することがないように巾着の紐を本体と一体のバッグサポータへ縛ってつけてあります。

バッグサポータの受金具は現在販売していますクロモリステム用をそのまま使っています。今回はフロントバッグを全オリジナル化して製作していますので、それに合わせてバッグ側の形を大きく変更してバッグのサイドまで支えるようになっています。

 

ライト

ヘッドとテールのライトはハブダイナモからの給電により点灯します。

ヘッドには1950年代のフランスのシビエ製の小型砲弾型ライトのボティを使いました。径40mmのこのライトはエルスやサンジェも好んで使っていたデザインと機能がマッチした一品です。このライトからレンズ部を取り外して、JBT号に使用したシマノ製のシティ車用のLEDランプの回路及びレンズを嵌めこんでいます。このLED用レンズをシビエのボティへ嵌め込むための枠を挽き物で製作してあります。

テールライトもLEDでキムラ製TL-06Aです。このテールは数年前にフルオーダー車用に製作しておいたもの。今回フロントのLEDランプに合わせての選択です。

 

更に今回は日本のブルべの規定に対応するようにバッテリー時のライトも前後に用意しています。フロントにはキャットアイの吊り下げ式のライトの新製品G VOLT70をフロントキャリアサイドに吊り下げました。ライトスイッチがボディ後部上方に移動していて、キャリアに下げた時のライトのオンオフの操作がとてもやり易くなっといます。

テールライトはキムラのTL07を軽量加工してもらったスペシャルモデルです。レンズは直付けシートテールTL06A用に作った専用品になっています。9gの軽量化です!

 

リフレクターにはバランスの良いサイズの軽量リフレクターはほぼ14g程度の横並びです。手持ちの中からちょっと昔のフランス製の角型プラモデルのバスタというものを選びました。トゥークロメとスラムのカーボンの黒色とのバランスをとって黒色のリフレクターです。

 

小物

ボトルケージは今年の5月に亡くなられたフレームビルダー入部氏の作品です。3mmのステンレスパイプを器用にロー付けして製作したもので、最初に手にしたのは私が学生時代の40年ほど前でした。20年ぐらい前フレームの修理をお願いするようになってから製作を依頼したところ、復活製作していただけました。その後バネ付きの新しいバージョンも作ったのですが、やはり昔から作っていたこのスタイルが一番です。もはや入手することができなくなってしまってとても残念です。今回は前回のCdMの時に使ったものの使い廻しです。

 

最後にベルは東京サンエスさんの「スプリングベル」をグランボアで加工した品です。単に丸い穴を開けるのではなくデザインを考えて楕円と円を組み合わせて作っています。これでもちゃんとした警報音が鳴ります。これも前回のCdMの時に当時スタッフだつた野田君(今春福岡で独立開業しました)の製作したものです。今は後輩スタッフの伊藤が作り方を引き継いで製作しており、なかなかの価格ながら海外のお客様に売れています。

 

以上とりとめもなく書き綴ってきましたが、部品のひとつひとつ語り出すときりがなく、まだまだ書き足らないのですがひとまずの報告とさせていただます。今週末の幕張でのサイクルモードには実車を展示します。ご来場いただければ直接解説をさせていただきます。皆様のご来場をお待ちしています。

 

親方

前回までの記事はこちら

①スタート~FOUGERES 306㎞

②FOUGERES 306㎞~Brest 610km

 

【Brest 610km ~CARHAIX-PLOUGUER 693㎞】

Brestのコントロールではレストランで食事を摂り、周りの話し声や雑音が気になったが15分程テーブルに突っ伏して目を閉じた。

仮眠と言えるかは微妙だったが多少は眠気がとれたのでレストランを後にした。扉を開けて外に出ると気温が下がり肌寒い。ここに到着したときにアームウォーマー、レッグウォーマーを付けたので更にネックウォーマーも追加して夜間走行に備えた。そう、夜間走行用に用意した装備がもう一つあって、ベルクロでヘルメットに装着するヘッドライトだ。明るいホワイトLEDと優しい光の暖色系LEDを切り替えられるもので、主に手元やキューシートを照らすために使用する。昼間は重りでしかないので外してフロントバッグにしまい、夜間走行時のみ装着する。PBPのコースにつづら折れの下りはないので無くても走行に支障はないが、無いとちょっとだけ不便。そんな存在の装備だ。

BrestのPCを出発すると市街地を下り基調で一気に走り抜ける。街は寝静まっているが、自分と同じくパリへ向かうランドヌールと今まさにBrestに到着したランドヌールがフリーの音を響かせている。

街の外へ出ると往路より北側の道路を走ってPBP最高地点へ向かう。月が明るく前には前走者のテールライトがぽつぽつとゆらぐのが見える。実を言うとこの時、すでに睡魔に侵され始めており、前にライダーがいると視線はテールライトへ吸い寄せられしばらくすると意識が飛びかけることが度々あった。効率よく進むためにトレインに加わりたかったが意識が無くなりそうだったので途中立ち止まってハンドルに突っ伏したりもした。誰かと先頭交代をしたほうが速く走れるけれど後ろに回ったとたんに眠たくなる。睡魔は一晩目よりも強くなっていて厄介だった。

ブレストに向かう往路の集団とすれ違う。ベルを鳴らしたりしてお互いを励ます。この延々と続くライトの列は過去の参加者のブログなどで言及されていたのでなんとなく想像はできたが実際に目にすると感動した。

 

夜の街は寝静まっている。それでも自転車にちなんだ飾りつけや私設のエイドステーションなどが必ず一か所はある。

 

 

【CARHAIX-PLOUGUER693㎞ 20日5:11】スタートから36時間11分


補給をして出発する。暖かい食べ物が嬉しい。サポートの3人も眠そうだ。

 

空が青みがかってきた。

ようやく夜明けを迎えた。霧が出ていて走っているとアイウェアやアームウォーマーに水滴がつくほど濃い霧だった。

徐々に霧が晴れて視界が開けてくる。

 


 

イタリア人のグループとしばらく走った。僕が眠くて集団から千切れかかると、マダムが声をかけてくれた。話を聞くとバイクメーカーをスポンサーにつけてトランスコンチネンタルレースなどを完走、PBP1200㎞はトレーニングのようなものだとか。睡魔で時折ふらつく自分に対して彼女は常に安定したペダリングで余裕を感じられた。この会話のおかげで眠気は飛び、太陽が上がると共に調子が戻ってきた。今回痛感したのだが自分は寝ないと調子よく走れないのだ。

写真右側の彼はポーランドから来ていた。100㎏近くありそうな身体ながら平坦も登りでも一定のケイデンスで(しかもシッティングのまま)イタリアグループと共に走っていた。苦しそうなそぶりも見せず淡々と走り続ける姿はかっこよかった。

 

 

【LOUDEAC783㎞ 20日9:49】

復路のルデアックに到着。PBPという名の1200㎞スタンプラリーも徐々に終わりが見えてきた。

 

 

 

 

【FOUGERES 923.5km 20日16:09】
城塞がきれいなFOUGERESに到着。明るいうちに距離を稼ぎたいのでここでは最低限の停車にとどめてバッグとポケットに補給食を詰め込み出発した。

コンクール参加チームであるVagabondeCyclesのタンデムが後ろからやってきた。大半のコンクールマシン参加チームがF組スタートで、ここまでランデブーすることが無かったので一緒に走れることがうれしかった。


タンデムは平坦がとても速いので少しでも楽をしようとVagabondeCyclesのタンデムを先頭にしたトレインが形成された。40㎞h近いスピードでどんどん前を抜いていく。

 

【VILLAINES-LA-JUHEL 1012km 20日20:07】スタートから51時間
コントロールの数キロ手前で合流したRossmanCyclesのハーンさんと一緒に到着した。PBPを複数回経験している彼の走りと時間の使い方は学ぶ点が多かった。

コントロールではいつものように補給食を補充し、食事を摂った。出発前にトイレに行ったのだが便座に座ると安心感からか急に眠たくなってそのまま眠ってしまった。思い返せばここで長めの仮眠をとるべきだったのだ。

万全の状態(この時はそう思っていた)で3度目の夜が始まった。次のコントロールまで90㎞弱。普通に走れば4時間少々で到着できるだろう。

 








【MORTAGNE-AU-PERCHE 1097km  21日6:37】スタートから61時間半
「ヴィラネラジュエルからモンタンオーペシェまで85キロ。普通だったら5時間もかからないはずなのですが、サポートにとってもライダーにとってもこの区間が最も辛い区間となりました。車での移動は1時間ほどですのでずっと車内やコントロールの中の休憩所で待っていたのですが、GPSを見ていると40-50キロほど進んだところでパッタリと動かなくなってしまったのです。夜中の気温は数字は確認していませんが、持っていたダウンのジャケットを着ていてもまだ寒いくらい。「まずいなぁ。」と親方と話してリタイア覚悟で迎えに行ってみるか、と思った矢先にGPSが動き出す。そして、また止まる。そうかと思えば、「あ、道が違う。間違ってる。」と親方。なかなか近づいてこないその点をただただ祈るような気持ちで夜通し見つめていました。先にも少し書きましたが、サポートカーとして登録した車はコントロールポイント周囲5キロまでしかコース上に入ることはできません。やっとその点がコントロールまで2.4キロとなった時、また動きを止めたので車で見に行きました。ですが、草むらや人家の庭先などをのぞいてみましたが姿はなく、そうこうしている内に夜明けを迎え、前野は私たちが探しに出ている間にコントロールにたどり着いていました。ホッとしました。やっと会えた時、ちょっとボーとした様子でしたが、怪我も無く、しっかり食事もとれました。ですが、この区間のことはほとんど覚えていない、断片的なシーンしか覚えていないと彼は言いました。」
2019コンクールとパリブレストパリ 3
 

これはサポート隊から見たMORTAGNE-AU-PERCHEまでの85㎞。実のところ、この区間に関して覚えていることは少ない。写真も殆ど撮っていない。
記憶ではどこかの町で急に行き先が分からなくなり、停車を繰り返したこと。それと自暴自棄になって叫んだ覚えもある。あとは数時間後に草むらから起き上がり、自転車にまたがって電池切れ寸前のスマホのマップを頼りに(ナビゲーションに使っていたGPSは電池が切れていた)最後の10㎞ほどを進んだことである。それとPCが位置する街を勘違いして関係が無い集落をぐるぐる回った記憶もある。
確かに気温は低く寒かったと思うが、それよりも眠気と疲労で気が狂いそうなくらい辛かった。正直、この時知り合いが近くにいなくてよかったと今になって思うくらいである。自転車に損傷はなかったので無意識の状態でも自転車をいたわっていたのはよかった。気が狂って草むらに放り投げたりしていたら大変である。コンクールマシン参加とPCでサポートが待っているという責任がなければ朝まで倒れていたかもしれない。万が一草むらで寝る場合は、親方にショートメールを送る約束をしていたので、連絡を取ることは頭の片隅にあったのだが何も出来ずに寝てしまった。PCに着いたときはまさかサポート隊がこんなに心配していたなんて思わなかったので、後でこれを知って申し訳なく思っている。

食事を摂ってゆっくり休んで再出発。計画どおりであれば今頃ランブイエのゴールに60時間で到着していたはずだが現実を受け入れるしかない。これから気温が上がり、草むらで寝たおかげで頭も冴えているのでペースを上げられるだろう。


 

MORTAGNE-AU-PERCHE出発後気温がどんどん上がっていったので防寒具を脱ぎ、鬱陶しく感じたのでグローブも外して素手で走った。まだゴールまで100㎞あったので手が痛くなるようならグローブを付け直すつもりでいたのだが、1219㎞のフィニッシュまで素手で問題はなかった。今回、自分が乗ったグランボアのコンクールマシン2019はフレームは乗りなれたカイセイの4130Rで構成され自分にとっては硬すぎず柔らかすぎず絶妙な乗り味。路面からの振動や衝撃はフレームが全体で緩和してくれるのはもちろん、650×38Bエキストラレジェタイヤがその大半をフレームに伝わる前に打ち消してくれるような感覚だ。

そして乗り心地に寄与したと思うのがハンドル周りだ。使用したハンドルはグランボアフランス型マースバー410㎜溝付きでリーチが長いクラシカルな形状のハンドルだ。ショルダー部分を地面と水平になるようにセットするとドロップ部分は地面に向かって下がる状態になるのだが、これが深い前傾を取りやすくしてくれる。最も握る時間が長い肩~ブラケット部も最近主流のリーチが短いハンドルであればブラケットとショルダー部のポジション差は小さいが、このハンドルはリラックスして走るときはショルダー部分、少し力を入れて走りたいときはブラケット部分と使い分けができる。
肩がせりあがったフランス型ランドナーバーも好きだが、同じフレーム、同じ長さのステムで比較した場合ポジションが起きるのでこちらはもっとゆったりと走る場合に向いていると思う。ドロップ部分の曲げ形状が似ているがフランス型マースバーの方が深曲がりなので下ハンが遠くなりより深い前傾が取れる。それに対しフランス型ランドナーバーは少し浅めの曲げで肩部分がアップしていることも相まって下ハンを楽な姿勢で握りやすい。

今回は舗装路のみなのでマースバーを選んだが、6月のジャパンバイクテクニークのような荒れた林道を走る場合はランドナーバーの方が扱いやすいと思う。

 


今度はスペインチームのトレインに混ぜてもらう。

 

【DREUX 1174.5km 21日12:03】スタートから67時間

最終コントロールに到着。残りは45㎞、2時間あればゴールできるはずだ。蟹雑炊を食べてエネルギー補給。ゴールが近いのでみんなの表情が明るい。

 


とうとう走行距離が1200㎞を越えた。ゴールまで本当にあと少しだ。


残りの約15㎞はこの人とアタック合戦をしてペースを上げ続けた。ランナーズハイのような状態で疲労を一切感じず、力いっぱいペダルを回すのが気持ちよかった。

お互いの走りを称えあってランブイエの市街地に到着。PBP前の試走や買い出しで何度も通ったのでランブイエ市街地は見慣れた景色になっていた。ここを3日前の夕方に出発して大西洋に面するブレストへ行き、また走って帰ってきたという実感は無かった。

 





【Rambouillet 1219㎞ 21日14:18】スタートから69時間16分
フィニッシュに到着。長かったような短かったような不思議な気分でゲートをくぐった。達成感も感じたが1200㎞走ったという事実をうまく呑み込めなかった。


ブルべカードを提出し、最後のスタンプを貰って完走メダルを受け取る。3日間頑張ってよかった。苦しんだ3回目の夜に諦めなくてよかった。






ゴール後はコンクールの車検等を受けて会場内の飲食スペースで昼ごはん。

1200㎞を完走できたのは親方、はるみさん、ジャン・フィリップ氏この3名のサポートがあった部分が大きい。もちろん2019年は例年よりもブルべの出走を増やして長距離走に慣れるようにしたし、自転車はコンクールマシン用に最高のものを使うことが出来たので完走できたのは身体や機材面も大きい。ただ、1200㎞の旅路で途中のコントロールで待ってくれている人たちがいたことは大きな心の支えになった。長距離を走るときは身体の調子が成否を左右するのはもちろんだが、モチベーションが失われると身体は大丈夫なのに一気に走れなくなることがある。3回目の夜は正にその状態だったのだが、こうしてゴール出来たのはサポート隊の3人がいたから消えそうな灯でも耐えることが出来たのだと思う。
この3名のほかにも2017年に続き現地で通訳をしてくれた小林さん、PBP前に訪れたサンジェのオリビエ氏など多くの人から走りに関するアドバイスや励ましの言葉を頂き、そして日本からインスタグラムやフェイスブックを通じ多くのメッセージを受け取りました。応援いただきました皆様本当にありがとうございます。

自分がこのパリブレストパリ/コンクールマシンを無事に走り終えることが出来たのは、ここに来るまでに関わったすべての人たちのおかげです。このレポートも本来ならもう少し早く完結させたかったのですが、なかなかこの体験を消化できず今に至ってしまいました。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


 

↓各コントロールの通過時間、平均速度など

 

今回使用したグランボアのコンクールマシン2019はアイズバイシクル店頭で展示しています。どうぞ実際にご覧ください。

まえの

 

Concours de Machine=コンクールドマシーン は2016年にフランスで始まった自転車の製造技術を競う大会です。4回目の開催となる今回の大会は日・米・英・独からの海外5チームとフランスのビルダーによる24チームの合計29チームによって競われました。このコンクールで問われるのは競技スピードではなく、自転車の持つ独創性とさまざまな環境に対応するポテンシャル、そして機能美の追求なのです。コンクールはそうした抽象的な課題を具現化して、なおかつ実用性を見せる場となります。

この6月に開催したジャパンバイクテクニークは2017年のコンクールに参加した経験に基づいて、日本でもこんな大会を開催することができたならばという思いから始まりました。

さて今年のテーマはパリブレストパリ。7000人近くのサイクリストがパリから大西洋に面した港町ブレストまでの往復1200kmを昼夜兼行で走り切るという、世界でも最大級のサイクリングイベントです。エントリーした29チームが製作した自転車をこの大舞台で走らせて、その性能をチェックしようという試みなのです。

今回のコンクールはまず今年の1月に審判長から以下のような課題が提示されました。

それはRêveur(仏語で夢想家)氏という架空のお客様の注文に応じて自転車を製作するというものです。以下の10項目がRêveur氏の要望になっています。翻訳ソフトをつかっての翻訳でぎこちない日本語ですが、それなりに意図するところはわかっていただけるかと思います。

1、 この自転車は、1891年に始まったパリブレストパリの歴史に関連する審美的または技術的な証言となるもの。

2、 この自転車が80時間に渡って走りつづける彼の指と手を救いますように、これはパリ・ブレスト・パリによるある種の病気です。Rêveur氏は、それを知っています。2015年PBPの後、多くの参加者と同様に、彼は数週間、小指の感度を失いました。 これを二度と起こさないように。 どうやって? それはあなたの仕事です。 あなたはなんでも再発明することができます

3、 彼のコックピットは、彼を混乱させるケーブルを取り除きます。照明、携帯、およびGPSを充電するためにケーブルを切り替える時間を少なくすること。

4、 彼のブルべカードはすべてのコントロールでチェックで素早く処理できること。それは雨からも守られている-衣服のいくつかの層に覆われているためアクセスできないジャージの後ろポケットからそれを取り出したとき、ふにゃふにゃになったカードにうんざりしています。彼はまた、必須である彼のナンバープレートがうまく取り付けられ、彼を悩ませることがないことを望んでいます。

5、同様に、彼は、自分が乗る食べ物にアクセスしやすく、リスクなしで走行中の食事をできることを望んでいます。

6、ダウンのシェラフとエアマットそれにビバーグテントを積んで銀行の金庫の中のように静かな夜を過ごせるようにすること。

7、Rêveur氏の自転車は、照明に関してPBPの規則を順守します。Rêveur氏は、自転車から降りることなく、フロントライトとリアライトのオン/オフを切り替えたり、強度やモードを変更したりしたいと考えています。

8、Rêveur氏は、パンクした後、できるだけ簡単に解体し、特に後輪を再組み立てできるようにしたいと考えています。

9、Rêveur氏は、雨が降った時ほかの参加者に水をハネ上げることを嫌います。

10、Rêveur氏は、彼の自転車を折り畳み可能にし、Blablacar*のトランクに入れたいと考えています。

*Blablacar(ブラブラカー)とはお金を支払う自動車の相乗りシステムで、アプリやPCから予約して利用します。長距離移動が非常に安価に行えます。

以上の課題をクリアすることによってポイントが得られます。ただそれらも一部でポイントの全貌が次のように一覧表となっています。

直訳すると

検車によって判定される項目(CT)と審判のジャジによるポイントそれに一般および参加ビルダーの投票による得点の比率が明記されています。検車の部分は標準重量が10kgで250g毎に50ポイントずつ加減されたり、80時間の走行時間で15分短縮するたびに2.5ポイントもらえて15分遅れると7.5ポイントの減点のこと、走行後フレームや部品に問題なければそれぞれの得点がありますよというあたりはわかりやすいのですが、審判に判断される部分のなかには「フォルダー」「人間工学」といったよくわからない項目もあります。

いずれにしてもPBPを完走しなければこれらの得点を結果として残すことはできません。そのためにはパイロットに対しては、絶対に走りきることを第一にアシストしなければなりません。

6月にジャパンバイクテクニーク後にすぐ取り掛かったのは、2ヶ月後に開催されるコンクールマシーンの出品車の製作でした。

今回はパリブレストパリを完走するための自転車を製作するというテーマです。
まずはRêveur氏の依頼に沿って、グランボアなりの解釈で製作することにしました。

1.  まずは「パリブレストパリの歴史に関連付けての審美的であり技術の証言」というかなり抽象的な注文ですが、私の中のパリブレストパリでの自転車はかつてのアルティザンと呼ばれる自転車職人によって輝くばかりに美しく仕上げられたランドナーの姿です。その姿完全に再現して、その美しさを損なうことなく最新の機能を盛り込んだ新しいランドナーを作ることでした。

果てしなく起伏のつづく、但し大きなクライマックスのないブルターニュ地方の田園地帯をいつまでも走り続けるための自転車。

直進性を優先させたジオメトリーの線を引き、細身のスチールパイプを組み合わせ、美しく均整の取れた形にカットされたラグを組み合わせてその骨格を作ります。そしてトゥークロメ(オールメッキ)で仕上げます。

 

2. 1200km80時間にも及ぶ走行中の振動対策ですが、細くしなやかなケージングで作られたグランボアの650×38Bの太いタイヤは路面から際限なく伝わってくる振動を吸収してくれます。タイヤが路面からのストレスを大きく減少してくれるのです。しかも1本230gと700×26cクラスの一般的なロードバイクタイヤよりも軽く作られていることで、走行のための負荷を軽減しています。さらにはソーヨータイヤさんから提供された現在開発中のラテックス製の650B用チューブもとても軽くそしてソフトな乗り心地の一助となっています。

 

3. ハンドル廻りのケーブル類の整理ですが、ワイヤレス電動変速システムSRAM eTap AXSを導入することによって変速ケーブルはなくなります。
ブレーキケーブルは従前のハンドルに沿う形になっていますので、そのためのハンドルにブレーキケーブルのための溝を加工した試作品を用意しました。

そしてライトのためのケーブルですが、国内ではバッテリー式のライトが広く普及していますが、長時間のライドではバッテリーライトは電池の交換を必要となるため、欧米のPBPの参加者の多くがそうであるようにハブダイナモを使って前後のライトに給電する方式を採っています。

今回使用した独・SON社のハブダイナモにはフロントフォークエンド内側に接点を埋め込んで仕様するコネクターレス仕様のSLというモデルがあります。そのための小型専用エンドを製作しているグランボアではこのダイナモからコードは外部には露出させないで、ガードの先端のフロントランプとシートチューブのうしろ側に専用台座で取付けたテールライトを点灯させています。

更に日本の400km以上のブルべではフロント2系統の電装を義務付けられていますので、フロントにはキャットアイの新製品で吊り下げ式のライトGVolt70をキャリアサイドに用意しています。このVolt70は本体後方上部にスイッチが設けられていて、こうしたキャリア取付に適した形になっています。

テールにはこのコンクール用にキムラ製TL07の軽量バージョンを製作して左チェンステーに直付けしました。CR2のバッテリーでも80時間は点灯する計算でした。ところがこのテールは現地で組み立てみると分解梱包した段ボールで見つけることができず、京都の店にも電話して積み残してないかどうか問い合わせてみたのですが、結局のところ最後まで見つけることができませんでした。

4. ブルべカードの出し入れは普通のランドナーであればフロントバッグをしているのでのバッグの上面のマップケースで事足ります。でもマップケースのない、フロントバッグのない、GPSをハンドルにマウントしている今のロードバイクにとってはちょっと不便な点なのです。

ゼッケンプレートもトラディショナルなた専用ダボを付けることで解決です。ただし取り付け位置はボトルの出し入れを考慮する必要があります。

 

5. 補給食へのアプローチの課題。これは新たなフロントバッグの製作が必要でした。バッグの軽量化が必要と考え素材を軽量なものに置き換えることはもちろんのこと、構造についても充分に吟味して扱い易さを追求したものになっています。パイロットの意見は、普通のフロントバッグでは走行中の振動によりメインコンパートメントの中で食料のような重いものはバッグの下方へ、軽い衣類等はバッグの中で上の方に移動してしまい、走行中に食べたいものを捜すのが大変とのことです。これを解決するためにマップケースの裏に厚みのあるポケットを設けて走行中の補給食はそこから供給して、そこが空になれば休憩ポイントでメインコンバートメントから移動させて補填するということにしました。

 

6. パリブレストのコントロールポイントには仮眠の施設が併設されていて、有料ですがちょっとした休憩をとることができます。また多くのライダーがコントロールポイントのレストランの隅で横になっていました。また車でのサポートには多くのキャンピング車が使われていて車の中で寝ることもできます。中にはコントロールポイントの敷地にある芝生にテントを張っている人もいました。かなり気持ちよく寝られそうでした。今回はそうしたサポートの無いことを前提としているので自らがそのシェラフなどを持って走ることを課題にしているのです。
今回はパイロットの前野が普段使っている軽量シェラフとネット検索によって調べた超軽量のエアマットを用意してそれを入れるための専用のサドルバッグを製作しました。それで使う予定のないシェラフとマットを1200km運んでもらいました。

 

 

7. ライト類のスイッチの設定は最も悩んだところです。PBPの規則では前後それぞれの明るさの規定があり、点滅を禁止しています。

まずフロントライトですが、街路灯の全くない真っ暗なフランスの田園地帯を夜間走行するためには、可能な限り明るさを確保しなければと考えました。キャリアサイドのマウントではホイールによって光の一部がケラレてしまって、前方への照射面積が減ってしまいます。グランボアではドロヨケの先端に取り付けることによってすべての光で前方を照射することが必要と判断しました。そしてそのスタイルを第一の課題の歴史的な美しさを兼ね備えたものにするために、1950年代の仏・シビエの小型砲弾型ライトのボディに、最新のシマノの高輝度LEDライトのユニットを埋め込むことにしました。このシマノのユニットは必要充分以上に明るいことをJBTによって確認済みです。

テールライトも以前からグランボアのカスタムオーダー用に用意していたダイナモ給電のキムラ製小型LEDテールを使用しています。

スイッチは操作性を考えステムトップに埋め込むことにしました。アメリカにはステムトップの回転式のサイクルスイッチがいくつか存在します。今回グランボアが使用したスイッチは乗用車用のライトスイッチです。点灯中はスイッチ自体が青色に点灯してくれます。プッシュ式ですので、PBPのように極限まで疲労していても走り続けなければならない状況でも確実にオンオフを決めることができます。

ただスイッチをステムトップに設定するためには通常のステム引上げボルトは使えません。引上げボルトはまたかなりの重量がありますのでこれを省略することは軽量化につながります。そこで採ったのがステムをフォークコラムで固定する方式です。これは戦前のイタリアのロッド式ブレーキが内蔵された旧い街乗自転車によくみられる方式で、日本では神田のアルプスさんのクイックエースの特徴的な仕様だった仕掛けです。これによってステムのコラム内部を空洞化してスイッチと配線を収納することができました。

 

8. ホイール着脱については最近のディスクブレーキの普及に伴ってスルーアクスルのエンドが採用されるようになり、ホイールの着脱がクイックレリーズより手間が掛かってしまい、クイックではなくなったことが問題視されていると思います。昔ながらエンドで軽量化のため4mmの六角レンチで着脱できるTririg Styx Areo Skewersという米国製のチタン芯を採用しました。ブラックアルマイト仕上げを研磨して使用しています。

9.ランドナーにかかせないのがドロヨケです。十二分にタイヤをカバーしてほかのライダーに水滴を浴びせることのないものを取り付けるのはあたりまえのこと、特にPBPのような幾日も走るライドでは途中で雨が降ることも充分に考えられます。今回使用したのは本所工研のH50という丸型の普通のモデル。ただしアクセントとしてフレームに入れる線引きの緑を中央に8mm幅で入れて金線囲いをして引き締めています。これもフランス車の典型的な手法です。

10.ここは小型乗用車でも分解して乗せることができる、つまり輪行できるかという課題です。

もちろん輪行できるのは当たり前なのですが、グランボアではドロヨケの着脱方式に工夫をして、より簡易な輪行ができますということでER輪行を提唱しています。クラウン・フロントキャリアリアブリッジ部分ではドロヨケに雌ネジを埋め込み、ドロヨケの外側から取り外しが可能になっています。ただドロヨケの先端にランプを取り付けていますのでコードの処理を簡便にする必要がありました。そこでクラウン裏に接点を設けてコードに触ることなくドロヨケを取り付けるだけで大丈夫な仕掛けを組み込んでいます。

もちろんそれでも車が小さいと乗せられないこともあります。さらにハンドルを外してフォークも抜けるようになります。

電動ワイヤレスの変速システムのため変速ケーブルはありませんので、ブレーキケーブルをアーチ側から外せるようにフレームのアウター受には割加工をしてあります。あとはステムのスイッチとフレーム側のコードの抜き差しを可能にさせるだけです。

以上のようにRêveur氏のご要望をいかにクリアしていくかを検討して、グランボアからの提案ができたと思います。

あとはそれをRêveur氏つまり審判の方々がどう判断するかになります。

実際の審判によるの審査風景です。

そしてこちらは審査前の車検です。

その重さはというと

重量ランキングは見事1位となりました。

 

マシンのディテールの解説に続きます。

親方

スタートからPC1まではこちら

 

 

PC1 VILLAINES-la-JUHEL217㎞ 19日1:29

PC1での休憩はジュースを飲むことにとどめ、再びバイクにまたがって出発した。まだ自分の周りを走っているのはA~E組のライダーとタンデムやベロモービルだけだ。後ろの90時間組に追いつかれていないことから全体の中でもいいペースで走れている。当初の計画よりも僅かに遅れていたが、太陽が昇ればパワーが出るので焦る必要はない。夜明けまでは不意に眠くなったりするのでペースを上げることよりも無理のないペースを維持することを意識して走り続ける。

 

 

 

PC2 FOUGERES306㎞ 19日5:46

 

ここではコーラとアップルパイを食べた。出走前の計画ではブルべ中の補給食の大半を日本から持ってきた補給食で補う予定だった。しかし、持参した補給食のみだと飽きてくるので眠気覚ましも兼ねて軽食コーナーを利用した。

日本の8月なら4時半頃には明るくなるが、フランスの場合は2時間ほどそれが遅くなる。日の入りが遅いのと同様に日の出もゆっくりだ。この写真を撮影したのは8月19日午前7時。日本なら5時前くらいといわれても違和感がない。街の人々の動きも同様で、フランスの午前7時は日本の午前5時頃と同じような空気が流れている。

 

 

PC3 TINTENIAC360㎞ 19日8:18

 

この時間になると太陽が昇り始め気温も上昇するのでペダリングに力が戻ってくる。下の写真のようにPBPでブルべカードに押されるスタンプは個性豊か。PCに着くたびにどんなスタンプがもらえるのかが楽しみになっていた。

そしてここTINTENIACでは最初のサポートを受ける。PCから5㎞圏内であればサポートカーとのコンタクトが許されているのでPCと同じ街中でサポートカーに待機してもらった。サポートしてもらうのはここまで消費した補給食、飲み物の補充、そして昼間は不要な防寒具関係を預ける。補給食と飲み物がサポートで補充できるのでPCではブルべカードのスタンプとトイレを済ませるだけでよくなった。ただ、先頭を争うような走りをしているわけではないので結局のところPCでは腰を下ろして休憩するし、朝、昼、晩の3食はレストランの食事を使った。レストランは90時間組の場合、行列が出来て並ぶだけで時間を取られるということだが、80時間組の場合は待っても5分程度なので日本のブルべでコンビニに入るのと大差がない。なので自分のような時間帯で走っている場合、サポートカーが付いても大幅な時間の短縮にはあまりつながらなかった。それよりも、長い道のりでPCで待ってくれているサポート隊の存在自体が心の支えになったし、スピードを維持するモチベーションにつながった。今回、1200㎞のあいだ知り合いはおろか日本人参加者にほとんど会うことが無かったので、PC到着後サポートに合流し食事をしながら会話が出来たのは本当に助かった。

 

 

【ウェアの話】

PBPは昼夜問わず走り続ける。昼間は20~25℃で日本に比べて湿度が低く、サイクリングをするには快適な気候。宿に泊まっておいしい時間だけ走るなら日本の初夏と変わらない服装で事足りるが、ブルべで時間制限がある以上そうはいかない。PBPは標高500m以上の峠を越えることはないので凍り付くような寒さはないが、それでも夜間や早朝は5℃以下まで気温が下がる場所もある。8月だからと油断して軽装で出走するとDNFになりかねない。寒さ、暑さへの耐性は人それぞれなので一概には言えないが夜間の寒さ対策はPBPを完走するうえで重要なポイントになると思う。

自分の場合は半袖ジャージ、半袖インナー、半指グローブ、ビブショーツ、薄手のウールソックスを基本の服装にして、気温に応じて長指グローブ、アームウォーマー、レッグウォーマー、ネックウォーマー、レインジャケットを重ね着して気温差に対応した。想定したのは最高気温25℃、最低5℃程度。6月に参加したBRM622紋別600㎞と同じ組み合わせを使った。ウェアはスタートからゴールまで同じものを使用し、途中で着替えはしていない。自分の好みだが、肌に触れる衣類はビブショーツを除きメリノウール製のものを使用した。防臭効果に優れているのと、汗や霧などで濡れても冷えにくいので長距離サイクリングに適した素材だと感じる。
①基本の組み合わせ


②日没前や明け方

①にアームウォーマー、レッグウォーマー、反射ベストを加える。暑くなったら写真のようにベストのジッパーを開け、アームウォーマーをまくって温度調整。


③夜間、早朝

長指グローブ、レッグウォーマー、アームウォーマー、ネックウォーマー、反射ベストのフル装備。

これでも寒い場合は反射ベストの下にレインジャケットを加える。レインパンツも持参したが使う機会がなかったのでサポートカーに預けた。

冬用のウェアを持っていくほどでは無かったが、寒さは眠気や低体温症を誘発するので防寒具に関してケチってはいけない。暖かいウェアで走っていて暑くなればジッパーを開けたりインナーを脱いで体温調節ができるが、寒さは着込むことでしか根本的な解決はできない。日本であれば夜間でもコンビニが開いていて、レインコートなどを入手できるがPBPの場合それは期待できない。夜中に広大な畑の一本道で寒さに震えないためにも防寒対策は重要だ。

 

 

 

 

TINTENIAC出発後、気温とともに自分の調子も上がってきた。ペースの合う参加者同士でグループができるのでそれを利用しエネルギーを節約しながら距離を稼げる。交通量は少なく、見渡す限りの畑と牧草地の中を進んでいく。

 

 

PC4 LOUDEAC445㎞ 19日12:12

全体の3分の1を消化。補給食は十分に持っているのでブルべカードにスタンプを貰い、長居せずに出発。

 

 

Saint-Nicolas-du-Pélem488㎞

ここはPCではないので止まる必要はないが、トイレと気分転換がしたかったので10分ほど休憩。

ジュースを飲み干し、バナナはポケットに入れて出発。あと40㎞弱で次のPCだ。

 


緩やかに登り、緩やかに下る道が続く。時折ダンシングを織り交ぜるが、これは加速の為ではなく休むために腰を上げている。

 

 

CARHAIX-PLOUGUER521㎞ 19日16:17

ブレスト前最後のPCに到着。サポートカーはまだ到着していなかったので80㎞先のブレストに備えてミートソースパスタを食べた。食べ終わるころにサポート隊が到着。今後の予定について話し合い、ブレストPC5㎞圏内にホテルを確保してあるので場合によってはホテルでの仮眠をとることも視野に入れて走ることにした。ブレストの市街地は複雑なのでサポートカーによる補給は無し、ホテルでの仮眠をしなければサポート隊と会うのはまたこの場所になる。

PCのすぐそばにサポートカーが止めてあったのでPCを出た後、車内で休憩。。ここまでほとんど仮眠をとっていないので車のシートが心地よかった。

 

サポートカーでの休憩はしっかりと眠れた感覚はなかったが、疲労は軽減された気がしたのでブレストまでの約90㎞もペースを落とさずに走ることができた。この区間もトレインに加わって省エネ運転。人の後ろにつきっぱなしだとボンヤリしてくるので時折前を牽いたりもした。

 

ブレスト手前のRoc Travezelが本コースの最高標高地点。電波塔のようなものが見えてくる。360度遠くまで見渡すことができてまるで地の果てのような場所だった。

Roc Travezelを過ぎるとブレスト市内まで下りる。どうにか真っ暗になる前にブレストと大西洋を拝むことができた。

PBPの折り返し地点であり、僕自身初めての大西洋だったのでこの景色には感動した。まるでゴールしたかのような写真を撮影して暫し感傷に浸る。

PC手前では私設のエイドステーションが出ていた。ほかの参加者の流れに乗って自分も一休みしそうになったが、PCまであとわずかなので先に進んだ。

ブレスト市内をPCに向かって走る。ブレストの市内は坂が多く、海岸からPCまで登りっぱなしだった。日本で例えるなら長崎だろうか。

 

 

BREST610㎞ 19日22:10

ようやく折り返し地点のPCに到着。昨日のスタートから29時間が経過している。60時間以内に完走するならば後半のペースダウンも加味して25時間程度での到着を計画していたが、向かい風の影響か時間がかかっている。ブレストではスタンプを貰ってトイレを済ませ、時間は惜しいがレストランでしっかりと夕飯を摂った。

バイクスタンドに並ぶ自転車のメインは80時間組だが、90時間組のプレートを付けた自転車も増えてきた。

これで往路のページがスタンプで埋まった。

 

手前のCARHAIX-PLOUGUERでもパスタを食べたが既に4時間近くが経過しているのでレストランで食事。バゲット、マカロニ、蒸し鶏、サラミ、ニンジンサラダのセット。疲れているとなんでも美味い。

ブレストには1時間ほど滞在し、眠気も感じていたがパリに向かうべく暖かいレストランを後にした。

 

 

③に続く…

まえの

こんにちは、スタッフの前野です。8月18〜22日にフランスで開催されたパリブレストパリ1200km(以下PBP)に参加してきました。
PBPと言えば、ブルべをやっていれば一度は耳にしたことがある言葉でしょう。PBPとはParis-Brest-Parisの略語で、パリと大西洋沿いの港町ブレストを往復する1200㎞ブルべです。その歴史はツールドフランスより古く、現在は4年に1度開催の世界中からランドヌールが集うブルべの祭典です。
今回、自分はビルダーの競技会CONCOURS DE MACHINES 2019(以下CDM)にエントリーしたグランボアのライダーとしてPBPを走りました。PBP出場の経緯に関しては少し特殊ですが、普段は普通に働きながら休日を使ってブルべやサイクリングを楽しむ一般的なランドヌールです。そんな自分が見たPBPを紹介します。

 

【コース】
現代のPBPのスタートはパリではなく、パリから少し西に位置するランブイエです。ランブイエと大西洋に面する港町ブレストを往復する1219kmです。(下のマップは実際に走ったGPSのログです。)

【出走時間について】
普通のブルベは制限時間が一律に決められていますがPBPの場合は80、84、90時間から参加者が選択します。制限時間が短い80時間は18日午後16時から順番にスタートし、その後に90時間組がスタート、84時間組は翌朝のスタートとなります。

今回、自分もこの写真の特別車両枠(CDM参加車両、タンデム、リカンベント、ベロモービル等)90時間F組で17時15分にスタートするはずでした。しかし、事前に日本で本登録する際にCDM主催者側からCDM参加チーム出走時刻変更がこちらに伝わっておらず、80時間E組17:00スタートになりました。1200㎞の制限時間が80時間と90時間では時間の使い方が大きく変わってきますが、CDMで得点を稼ごうと思うと80時間以内のフィニッシュは必須だったので走行計画に影響はありません。(CDMは80時間を境に15分刻みで速い場合は加点、遅い場合は減点)

 

 

【現地での試走 8月15、16日】
フランスにはスタートの4日前に到着。15,16日は時差ボケ解消と身体を慣らすために計200kmほどランブイエ近郊を走りました。
ランブイエに到着した15日は18~20時過ぎまで70㎞程走行。写真のように見通しの良い道路が続き、往路は西からの向かい風であまり速く走れませんでしたが、復路は追い風となり、ものすごい速さで帰ってくることが出来ました。実際にPBPのコースを走ってみると風向きは大きな要素であることを実感した次第です。試走以降、18日からの風向き予報から目が離せなくなりました。


16日は前回2105年までのスタート地点サンカンタンのナショナルヴェロドロームへ。今回のスタート地点は牧歌的な雰囲気のランブイエですが、パリに近いサンカンタンは高規格道路が通り、ショッピングモールがあったりして街の雰囲気が異なります。実はヴェルサイユ宮殿もこの近くにあるので行きたかったのですが時間の都合で諦めました。

【PBPの路面状況】
路面の状態は比較的良好ですが街中には石畳や舗装の割れが散見され、細いタイヤで走るには少しリスキーな場所もあります。CDM号も予備車もエアボリュームに富んだ650×38Bタイヤを履いているので試走もPBP1200㎞もパンクとは無縁でした。

実はタイヤの選択は直前まで親方と悩んだ部分で、今年完走したブルべのほとんどをチューブレスで走った自分は試作品の650×38or42BチューブレスレディタイヤでPBPを走ることを希望していました。しかし、飛行機でチューブレスレディタイヤを空輸することで生じるリスク(空気を抜くことでビードが落ちる可能性、ビードが落ちなくてもシーラントの気密保持層が壊れることで空気圧が安定しなくなる可能性がある、チューブレス空輪の経験が無いのでトラブルの予測がつかない)とCDMの得点で重要な重量面で試作チューブレスレディタイヤ+シーラントの組み合わせと超軽量タイヤ650×38Bグランボアエキュルイユ、SOYO製試作650B用ラテックスチューブ、パンク対策シーラント少量の組み合わせに重量面で大きな差がなかったことから信頼性を重視して試作チューブレスレディタイヤ+シーラントではなく、超軽量650×38Bタイヤ+シーラント入りラテックスチューブの組み合わせに決まりました。
同時にリムも他社製品のチューブレスレディ対応のものからグランボアパピヨンWアイレット28Hに組み替えています。ホイール単体での重量はパピヨンWアイレット28Hに組み替えたことで増加しましたが剛性感に優れ、荒れた路面でも安心して突き進める信頼性の高いパピヨンリムに、前述の超軽量タイヤシステムを組み合わせたことで信頼性と乗り心地、軽やかさを併せ持った足回りが出来上がりました。特に乗り心地と転がり抵抗はチューブレスレディタイヤと同等かそれ以上に好感触で、パンクに対してはラテックスチューブ内に注入したシーラントが対応してくれるのでパンクに対する不安も少ないです。万が一シーラントで防ぎきれないパンクが発生した場合は普通のチューブと同様にパッチで修理するかチューブの交換で済むのでチューブレスのトラブルに比べたら煩わしさも少ないです。

 

 

【PBP走行計画】

8月18日17時ランブイエをスタート、翌朝到着するPC2まではサポート無しで走行。ブレスト手前のタンティアックからサポートを受けつつ走り、21日午前5時までにゴールする計画でした。尚、睡眠に関してはどこで取るかは決めておらず、眠くなったら1~2時間程度寝ることにしました。
トータルの目標は60時間。60時間に目標タイムを設定した理由はGWに走ったBRM502京都1000kmのタイムが59時間台でこれは補給や休憩に多めに時間を割いた上でのタイムでした。高い峠が無く、参加者が多いPBPでは他者と協力し合うことで巡航速度が上がり、PCではサポートを受けられることが決まっていたので自分にとって無謀でない目標時間だと考え60時間としました。

【17日】
前日はPBPの車検と事前受付、CDMの車検と展示。
車検と事前受付は混雑が予想されたので早目に受けられるように午前8時過ぎに会場に到着。この時はまだ列も短く、殆ど待つことなく車検とフレームバッジ等の受け取りを済ませることができました。30分も経つと列は3倍近くに伸びていました。
詳細はこちらの記事で。

 

【18日】1200㎞ブルべが始まる

午前中は宿でリラックスして過ごす。昼頃まで眠りたかったがベッドで横になっても興奮からか深い眠りにつくことは出来なかった。昼食は稲荷寿司とちらし寿司。やっぱりお米を食べるとホッとするし元気が出る。

こちらはスタート時に携行する補給食。計画では400㎞弱約18時間をサポート無しで走るため、そこまでの食事は日本から持ってきた補給食で補う予定だった。そのため1本200kcal前後のバーを多めに携帯した。今回使用するフロントバッグは6月のJBTで使用した試作モデルの進化版。BRM622紋別600㎞での雨中走行などを経てバッグの生地は防水仕様に変更されている。そしてJBT版で既に使いやすかった上蓋の補給食ポケットは、ジッパーの開け閉めがより簡単なものに改良されており今回も補給食の管理に役立った。メインの荷室にウェアや手袋と一緒に補給食を入れると走行時の振動や衝撃で小さい補給食が底の方へ移動してほしい時に見つからなくなることが多々ある。このバッグの補給食ポケットはそういったストレスから解放してくれる。

昼食後15時過ぎに車で会場入りし自転車を組み立てて最終チェック。何せこれから1200㎞を共に走る相棒だ。スタート前から不安要素があっては困るので念入りにチェックした。前日のCDM展示の際にチェーンオイルをふき取っていたので念入りに塗布する。今回も使用するチェーンオイルはフィニッシュラインセラミックウェットルーブ。今年に入ってからすべてのブルべで使用していて滑らかにチェーンが回り、雨に当たらなければ600㎞差し直す必要がないところが気に入っている。

 

スタート待機場所に到着。たくさんのランドヌールと自転車で埋め尽くされている。そこで2月のBRM216小倉300㎞でお世話になったAJ福岡のBさん(いちごオレの方)と会うことが出来た。お話を聞けばなんとモンサンミッシェルに寄り道するそうだ。コースを外れてモンサンミッシェルまで往復80㎞の追加!やっぱりこの会場に来てる人たちは普通じゃない。スタート時刻が近づくとE組の待機列に並び、出発を待った。

最初のテントでブルべカードにランブイエのスタンプを貰う。

スタートゲートの前で17時にを待つ。

17時、E組のスタート時刻だ。1200㎞の旅が始まる。

スタートすると大集団が形成され周囲の流れに乗って進んでいく。1車線をフルに使って走る集団でブルベを進めるというのは国内ではあり得ない状況だ。まるでTVのツール・ド・フランスで見るプロトン。参加者間の間隔がかなり近いので周囲の動きに同調して走り続ける。今ここで変な動きをして前輪をハスったり追突されれば自分だけでなく後ろを走っている大勢の参加者を落車に巻き込みかねない。

スタート直後は緊張してかなりナーバスになっていたが、徐々にリラックスして走れるようになり集団での走行を楽しむ余裕が出てきた。ただ、集団のペースは速く、とても1200km保つとは思えないスピードだ。流れに乗っていれば付いていけるスピードなのと集団から離れて一人になった場合、この日は西風が強く吹いていたのでスピードがかなり落ちることは確実だった。なのでこの時は多少速くても集団の中で過ごすことを選んだ。

118km地点のMORTAGNE-au-PERCHEに到着。グロスアベレージは29kmhを超えていた。

ここはスタンプを貰う必要があるPCではなく、補給食や水などが調達できるサービスポイントだ。ここまでオーバーペース気味の集団についてきたので自転車を降りると体が悲鳴を上げた。乗車中は気が付かなかったが無理をしていたようで屈むことすらままならない。ここで必要な動きは水の補給だけだったが強い疲労感から10分以上動けなかった。15分後にスタートしたF組のタンデムや弾丸のようなベロモービル、そしてコンクールマシンに参加しているRossmanCyclesのハーンさんが早くも追いついてきた。自分も水を汲んでようやく再スタート。こんな所でのんきに休憩していられない。まだ100㎞しか走っていないのだ。

118㎞地点MORTAGNE-au-PERCHEから217㎞地点VILLAINES-la-JUHELまでの約100kmもノンストップで走行するつもりだったが、眠気覚ましのためバーでコーヒーを飲んだ。まだ一晩目だが前走者のテールライトを見ていると吸い込まれるように眠くなる。自分は完走することが最優先事項なので多少のタイムロスはあってもリスクは消していかなければならない。そんな訳でバーの灯りに寄せられたのだ。
結局ここではコーヒーのオーダーや地元の人と話したりして10分ほど使ったが価値のある時間だった。

 

【19日】

約8時間で217㎞地点のPC1VILLAINES-la-JUHELに到着。時刻は深夜1時過ぎといったところだ。ハイペースで走り続けてきたのと眠気で既に疲労感がにじみ始めている。夜は本当に辛い。

まだ残り1000㎞。とんでもないブルべに参加してしまったと思いながら椅子に座って缶ジュースを飲んだ。
 

②に続く…

まえの

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