おかげさまで私がアイズバイシクルを開店してから30年の月日が経ちました。これも多くのお客様に支えられてのことと深く感謝しております。そのめでたい記念としてグランボアの650Bの超軽量モデル、エキストラレジェを全種類とも赤くして出すことにしました。

この独特な赤色は2007年にグランボアの42Bタイヤ、エートルを発売したときにその標準色として作ったものです。かつてのウォルバーやユッチンソンの42Bタイヤには黒アメの標準的な色のタイヤの他に真っ白とレンガ色に近いオール赤の3種のカラーが存在していました。独特の渋みのあるカラータイヤと地味目に塗られたツーリングのためのランドナーの色はマッチしていて、当時のサイクリストの感性にあっていたのです。
グランボアのタイヤを生産いただいているパナレーサーさんにはすでにカラータイヤで赤色はありましたが、それは私のイメージよりも赤味が強く、ちょっとランドナーのタイヤとしてそぐわない色と感じていました。タイヤの色はタイヤのトレッドのコンパウンドの製作をするときに顔料を混ぜて変えることができます。そこで私はオリジナルの赤色を作ってもらうことにしたのです。ところが試作されたいくつかのタイヤはどれも少し明るく華やかな印象のものばかりでなかなか思う色にたどり着きません。粘り強く生産ラインに入る前での調色を繰り返していただき、やっと納得できる独特の渋みのある今の赤色を再現できたのです。
その後もパナレーサーさんの生産体制の変更等でこの赤の生産ができなくなるかもしれないという危機がおとずれたこともありましたが、社内のツーリング愛好家の社員の方の助言もあり今日までグランボアの定番色として作っていただいております。

今回はそうした皆様のご協力とともにあるグランボアの製品のこだわりの部分の表現としてエキストラレジェの650Bタイヤをグランボアの赤で作らさせていただきました。これからも皆様のサイクリングライフを豊かにする一助となれば幸いです。
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【専務より追記】
エートル製作当時、650B規格のタイヤはもとより、42mm幅の高性能タイヤなんて、聞いたことありませんでした。そのうえ、親方がデフォルトで選んだ色は見るからにパッとしない色。
「こんなくすんだ色で良いの?」
パナの担当者さんと一緒に「もう少し明るい赤のほうが良いんじゃない?」と本気で進言したのを覚えています。オリジナルの色の場合、生産最小ロットは通常の倍の数量です。しかも、当時、シプレを喜んで使ってくれていた海外の友人たちも42Bというサイズ、しかも赤タイヤという事でほとんど無関心だったからです。売れないと大変です。
ですが、「やっぱりこの色が良かったんだ。」と実感し、各方面から評価をいただくようになったのは実際に完成車に組み付けるようになってからでした。また、太目の高性能タイヤがもたらす乗り心地の良さも革新的だったのです。私を含めて、多くの方がこのタイヤの良さを評価したのはその「結果」を見てからでした。そして、それは最初にアンチパンク材を抜いた時も、後に軽量モデルの実現にチューブラー用のケージングを採用した時も同じなのです。
エートル(Hetre)とはフランス語でブナ。グランボア最初のオリジナルタイヤ、シプレ(Cypres)に続いて製作されたモデルです。赤を標準色に決めたので日本を代表する落葉樹の名前を付けました。親方のぶれない信念で実現できた奇跡のモデル。こちらも発売から10年目を迎える事となりました。
小さな店の夢の実現に長年にわたりご協力下さっているパナレーサー様、そしてグランボアのタイヤをご愛用いただいてます皆様、ありがとうございます。これからもブレずに貫いてまいります。どうぞよろしくお願いします。
今回の赤タイヤ、実際に完成車に組み込まれるのがとても楽しみです。
MARASTONI(マラストーニ)というブランドのイタリアンレーサーをご存じでしょうか。
70年代当時のイタリアで新進気鋭のロッシンの上を行くといわれた工房で、日本には好事家の手によつて10数台が持ち込まれたに過ぎなかった幻の名車です。今回出品車のなかで一番手間がかかり、また最新のレストア用ニューアイテムを組み込んだ一台となりました。
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【MARASTONI RoadRacer /Creative Restoration】
今から14、5年ほど前、イタリアでマラストーニの自転車を捜す旅をしたことがありました。
ミラノでレンタカーを借りてベルガモ・パドヴァ・ボローニャといった街を巡って旧い自転車を捜しながらの旅でした。そしてようやく探し当てたマラストーニはレッジオ・エミーリアという町にあったものの、すでに店は閉店していて、そのブランドを引き継いだ人物が郊外の工場で自転車づくりを続けていました。話を聞くと、まだマラストーニの自転車は製作することが可能だとのこと、ただラグ類は残っているものの、もはやイタリアでは材料となるチューブが手に入らないとのことでした。私は新しいフレームのオーダーのために日本からチューブを持ち込むことを約束しつつ、とりあえずその場で旧いマラストーニのフレームが残っていないかを訊ました。そして彼が持ち出してきたのが1本の旧いマラストーニのフレームだったのです。

残念なことにフレームは事故で曲がっていましたが、まだ修理すれば使えそうな程度でした。早速その場で修理の上、再塗装して日本に送って欲しいと依頼し、帰国しました。半年ほどして送られてきたそのフレームは真新しいデカールとバッヂで飾られたものの、新しい青い塗装は厚ぼったく塗られ、イメージの中のイタリア車独特のシャープさが無くなってしまっていたのです。またフレームの修理も充分とは云いがたく、再度国内のビルダーさんに依頼して修理を行いました。そうしてボチボチパーツを集めてそのうちに組み上げようとして10年以上の年月が経ってしまいました。
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チネリスーパーコルサと同形のシートラグはこのフレームの最大の特徴で、この形を活かしたレストアを施すことを考えていました。そこでスーパーコルサ同様のメッキ出しに変更することをまず考えたのです。
問題は塗色でした。如何にこのフレームに似合う色を選ぶかはずっと考え続けたことでした。ある日イタリアのオークションサイトを見ていて一台のマラストーニのフレームが売りに出ているのを見かけたのです。

それが今回の塗色の白に赤の胴抜きという、まるで日本のために作られたかのようなフレームカラーだったのです。(画像/イタリアオークションサイトより)
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レストア後。

デカールについても今はあちこちで入手できるようになり、アメリカやイタリアでもリクエストに応えて製作してくれるところがあります。日本でも細かな注文にこたえて製作していただくことができ、今回はそうしたあちこちのデカールを組み合わせて活用しています。

そうして塗り上がったのが今回のマラストーニ・ジャポネーゼです。1964年の東京オリンピックように作られたというチネリのイメージをそのまま写し取ったような姿になりました。
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そこにタイミングよく出来上がってきたのが、当店が5年越しで取り組んできたチネリのマッドガードの復刻版です。
60年代以前はイタリアのロードにも練習時のために泥除けを取り付けるのは普通の事でした。東京オリンピック当時輸入されたチネリにはマッドガードがついていたそうです。それを復刻するべく粘りづよくホンジョさんにお願いしてきたのでした。それがこの夏ようやく形になったのです。急遽チネリの泥除けステーを模したステーを用意して組み付けたのでした。



おそらく今年一番の出来栄えとなったこのマラストーニは、是非ご来場していただいてその目で確認していただければと思います。

当店の最も得意、かつお奨めできるブランドがフランスの「ルネ・エルス」です。すべてのランドナーのお手本といってよい名車中の名車。
【Rene HERSE Mixte CAMPING 1950’】
1950年代製造の婦人用キャンピング車をご用意しました。

当店にやってきたときはかなり錆が出ている状態でしたが、塗装状態は良かったのでリペイントではなくタッチアップで補修することとしました。可能な限り当時の雰囲気をそのままに、貴重なオリジナルの手書きロゴや線引きを生かすレストアとしています。

変速機は1950年代にツーリング用に最も多く使用されたヘリコイド式ディレイラー「シクロランドナー」です。単純な構造ですが、実はセッティングはとても大変です。日本では重厚感のある650×42B仕様のランドナーの変速機というイメージですが、こうして700Cで使ってもスッキリします。

オリジナルのチェーンホィールの仕様はフロントシングルでしたが、本格的ご婦人用キャンピング車ということで当店にてフロントダブルに変更いたしました。そしてこの自転車に合うよう選んだ変速機はこれまた希少なシクロのリジド(ロッド式)です。

ブレーキはエルスのオリジナルカンチ。リア用カンチアーチは出っ張りの少ないミキスト用のスモールタイプが使われています。

リムは50年代のマビック・クリテリウムが使われておりましたが、再生不可能なほど変形しており交換しています。グランボアのビンテージ特別仕様リム「パピヨンビンテージ」で本格的ツーリングにもお使いいただけます。
出来あがりの詳細はサイクルモードの会場でお確かめください。

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本日キムラのバッテリーライト再入荷いたしました。それと、IRIBEさんのボトルゲージも今なら両方ともありますよ。お待たせいたしました!(専務より)
大変好評を得ていますグランボアの超軽量 タイヤ「エキストラレジェ」シリーズ。
実は今回のロットの大半がいつもより10%ほど重く仕上がってしまいました。。。タイヤの重量には個体差は必ずあるものですが、今回はその振り幅が大きく従来より重めのタイヤが沢山ありました。そして時を同じくして作られたスタンダードのタイヤが軽く仕上がってきていたのです。スタンダードタイヤが軽くなることはそれはそれで結構なのですが、結果、両モデルの重量差がほとんどない状況が発生してしまったのです。。。気が付いてすぐにショッピングサイトでの販売を停止しパナソニックさんと協議を重ね、すべての在庫品を再検品してもらいました。重量増の原因は製造ラインでのケージングに補強塗布するゴムの目付け量の加減により起きたモノと判明しました。
「いつもより重いエキスラレジェ」と「いつもより軽いスタンダードモデル」いずれも製品の耐久テストを改めて行い、その結果ほとんどのタイヤがメーカーのお墨付きを持って戻ってまいりました。ようするにメーカーとしては公差内の重量変動で、製品として使用上の問題はないとのことなのです。
今回再び販売を開始させて頂きますが、超軽量と謳っておきながら実はスタンダードと重量差のほとんどないタイヤですので、今回のエキストラレジェシリーズは在庫限りではありますが3割引にて販売させていただきます。もう、何度かツーリングで使用していますが、走りの面では今までのエクストラレジェと違いは感じることはありません。いつもより丈夫で軽量しなやかタイヤとなっている塩梅なのです。この機会にぜひお試しいただければと思っています。次の生産時には再び元の軽量タイヤになる予定です。
お買い物はこちらからどうぞ。
大切な恩人が亡くなりました。
河合淳三さんと出会ったのは初めて訪れた台湾のサイクルショーでした。いろいろなパーツメーカーを捜して訪れたそのショーのとある変速機メーカーのブースにその方はいらっしゃいました。そこで旧知の大阪市内の問屋の社長さんとあいさつを交わしているのをお見かけして、その方が昔マエダ工業という会社の社長さんだった方と確認した私は、失礼も顧みず突然に声をかけてランドナーのためのパーツを作ってくれるパーツメーカーを紹介しただけないかとお願いしたのでした。どこの誰とも知れない私の不躾なお願いにも関わらず、丁寧にお話しを聞いていただき個々のパーツについて具体的なお話を進めていくことを約束いただきました。
日本に戻ってからさっそく京都のお店までおいでいただき、変速機やハブについて色々とお教えいただきました。その後も堺の事務所にお伺いした折には昼食をごいっしょさせていただき、海軍の特攻隊にいた戦時中のお話や草創期の自転車業界についてなど聞かせていただき、とめどなく時間をすごしたものでした。
当店主催の古い自転車のお遊びレースの折には我が家にお泊りいただいたこともありました。一緒にレース観戦そしてプレゼンターまでつとめていただきました。
3年前までは台湾へ出かけられていて、台北ショーではジャイアントやスぺシャライズド、その他の名だたる自転車メーカーの方たちとたいへん親しくされている様子を拝見しました。世界の自転車メーカー・パーツメーカーに大変な影響をあたえた方であることを目の当たりにしたものでした。
最後にお会いできたのは昨年の年末でした。たまたま私の手元にめぐり回ってきたサンツアーの最初期の変速機シリーズの資料をご覧いただくためでした。一つ一つのディレイラーを手に取って当時のことを説明いただくときは本当に生き生きとされていらっしゃいました。
本当に偉大な自転車人だったと思います。いつお会いしてもその時々に興味を持って実現しようするプロジェクトを楽しげに語られるそのエネルギーに大いに刺激を受けました。現在当店の提供するランドナー用の変速機やハブの成立には大きな手助けをしていただき感謝の念に堪えません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。









