アイズの独り言

親方がタンゲから新しく発売されたBBに珍しく興奮気味です。

私なんかは「きょとーん」の地味なパーツですが、同じように待ち焦がれていた方もいるのかしら。。。親方が早速ショッピングサイトにページを作ってくれましたので是非覗いてください。

 

さて、あっという間に11月が過ぎていこうとしています。今月は17日にシクロジャンブル、23日がタンデム学会となっていて、サイクルモードが終わっても未だなんだか落ち着きません。。今回のシクロジャンブルはスタッフみんなで参加する予定にしています。いろいろこまごましたものたくさんもっい来ますのでお楽しみに!あと、タンデム学会もイロイロ各方面から参加希望をいただいていてワクワクしています。案内を出している方でお返事未だの方はお早めにお願いしますね。ちゃんと人数の把握はしておきたいのです。

つちやはるみ


そろそろイデアルへサドルを送ろうかと思っています。イデアル#90をお持ちの方で革の張替えを希望されている方は11月10日までにアイズバイシクルまでお送りください。まとめて修理に出したいと思います。おそらく年内にはきれいになって戻ってきますよ~。

 

イデアルの革の張替えについて、詳細はこちらをお読みください。

つちやはるみ


今回のグランボアのコンクールマシンのスペックを解説してゆきます。

 

フレーム

使用しましたフレームパイプはカイセイの4130Rです。無茶苦茶軽い訳ではありませんが、0.7/0.5/0.5のパイプは十分に軽く充分な剛性があって硬すぎず実用的なランドナーにはピッタリ合っていると思います。現在グランボアでは標準パイプとして使っています。

ラグはエルスカットを台湾ラグメーカーのパターンレスラグから削り出しています。ただしラグの角度はかなり立ち気味のフレームに合わせてありますので、加工前に角度合わせの処理をしなければなりません。実際のエルスのフレームを前において削り出していると、シンプルなデザインの中に合理的な法則のあることがわかります。

エンドは一台一台最適な角度でレーザーカットで製作しています。またフロントフォークエンドはSONのコネクターレスハブダイナモ用の端子埋め込みエンド用に加工・製作しています。

 

塗装はせずフランスのハイエンドランドナーに多くみられるトゥークロメ(総メッキ)にしました。ただトゥークロメには弱点があります。それはパイプが集まっているシートラグやBB周りはクロムメッキの乗りが悪く、下地メッキのニッケルが露出してしまい錆びやすくなってしまうことです。そうした部分には専用の電極を用意してメッキをすれば大分軽減されるのですが、普通のメッキ屋さんではそこまでは対応していただけません。そもそもフレーム研磨はメッキ屋さんでは受けてくれません。そのため研磨はアイズ工房内にて手作業での研磨になりますので大変な手間仕事になります。これがかなりのコストとなり最大の弱点かもしれません。

 

塗装の代わりに線引きをしています。濃い緑と金色で函を2つ組み合わせる形になっています。これもフランスの古典的な手法です。現在グランボアのフレーム塗装は京都市内の専属の塗装屋さんにお願いしています。もともとは線引きをお願いしたことから始まったので線引きには十分な経験と技術があります。

 

コンポーネント

まずメインコンポにはスラムのレッドeTapAXSという最新の電動ワイヤレス12速のシステムを用意しました。これは何といっても変速ケーブルも給電ケーブルもなく、組み立ても調整も極めて簡単なシステムです。まさしくフェザータッチのスイッチによるストレスフリーの変速は、ガラガラガッシャーンの骨董品の変速システムに慣れ親しんだ身からしますと、自動車のマニュアル車とオートマ程の差になりますでしょうか、さらにというか当然ブレーキレバーと一体ですので、パドルシフトになるのでしようか。しかも携帯アプリが用意されていてシフトの設定を変えることができます。スラムレッドeTapの場合、左右のレバーにそれぞれ1つのスイッチがついていてリアメカをシフトする際には右レバーでシフトアップ、左レバーでシフトダウンとなります。左右同時のシフトでフロントメカが作動してアウターからインナーまたはインナーからアウターへ変速するようになっています。この12速化したAXSではさらにフロントメカをオート化して単に右でシフトアップ、左でシフトダウンさせ、あとはギアレシオに従ってメカ側が勝手に動いてフロントシングルと同様に扱うことができます。フロントメカを意識して変速する必要がなくなっています。これを実際に操作してみますと上り14段、下り15段で変速することがわかります。

またギアレシオもリアの最小スプロケットを10Tとしてチェンホイールのコンパクト化して46×33とロードバイクとしてはかなり小さくなっています。このフロント46/33に対してリア10/11/12/13/14/15/17/19/21/24/28/33となっています。これをギアテーブルで古典的なランドナーのレシオ48/44/28の14/16/18/21/24と比較しますとトップ側に3枚、ロー側に1枚追加されている状態です。私の実際のツーリングではトップ側3枚は使うことはまずありません。私の場合は実質11速になってしまいます。でも実際に使用するととにかくラクチンで、トルクをかけた登り坂での変速でもスムーズにチェンジしてくれます。人間が退化してしまう使い勝手の良さになっています。

 

チェンホイールは先に挙げた通りスラムレッドの12速対応ダブルギアにカーボンクランクのセットなのですが、このギアはアルミの一体削り出しになっています。今どきの軽量リアカセットはアルミや鉄のインゴットからの削り出しで軽量化が図られているのですが、このアルミ製ダブルリングもアルミの一枚板からの削り出しとなっています。

変速機に使用されているバッテリーは前後共通の小型リチウムイオンバッテリーで一回充電しますと私のツーリングでの使用程度でほぼ1日半は使用可能です。やはりリアの変速回数が多いのでリアの方からバッテリー切れとなりますが、ツーリング終盤での電池切れの時は前後バッテリーを入れ替えることによってしのぐことも可能です。

 

ホイール

今回使用したホイールですが、フロントハブにはSONdeluxワイドボディSL28Hを、リアにはグランボアの試作品のスラム12速対応カセットXDRボディモデルの28Hを使用しています。

SONのハブダイナモはブルべの世界では定番的な存在ですが、ちょっと価格が高めなのが欠点です。それでも生産が追い付かないほど売れているという噂があるから不思議です。最近いろいろとバリエーションが増えていますが、基本は「28」と「delux」の2種類です。違いは「28」は回転数が上がらない、ゆっくりとしたスピードでも効率の良い発電をするのに対して、「delux」は内部抵抗を減らす代わりに発電効率のピークが回転数の高いところに設定してあって、要は早く走る人もしくは小径車用ということになります。

SONのSL(コネクターレス)ハブはホイールの着脱時の煩わしいコードの抜き差しがなくとても楽です。ただ専用のフロントフォークエンドが必要ですので、ただ純正品はとても大きく重いのです。グランボアでは通常のグランボアエンドをわずかにサイズアップして製作して、電極端子の絶縁体が収まる凹みを付け、フォーク鞘との角度に合わせてコードを半田付けで接続します。手間はかかりますがお陰でフロントエンド周りはスッキリします。

 

リアハブのカセットはスラム12速専用のXDRボディです。まだXDR自体発売したてのカセット形式のため、とりあえずグランボアのハブを製作していただいている台湾メーカーがすでに生産しているXDRボディの中から組み合わせが可能と思われるものをハブごとサンプルとして送ってもらい、スルーアクスハブ用に大穴の開いたカセットボディをスリムなグランボアハブに合わせられるようにアダプターを製作しました。何とか12速のカセットを取り付けることが出来まして、ハブだけはシルバー仕上げになりました。

 

スポークは今回28Hのハブとリムが用意できましたので、決戦ホイールの定番であるDTの最軽量スポーク「レボルーション」にアルミニップルの組み合わせです。

リムは昨年ダブルアイレット化したことによって製品化した28Hのリムでアイレットのない36Hリム(パピヨンビンテージ)よりは22gほど重くなってしまいますが、スポーク数の減少の軽量化が29gでわずかにアドバンテージがあります。

タイヤは650×38Bのエキュレイユ。このタイヤは前回の2017年のコンクールの際に試作を重ねてほぼスペックを確定していたものですが、前回のコンクールのコースは未舗装率が高くパンクの可能性が高くなるので使用しませんでした。その後舗装路専用ということで製品化したもので、今回のパリプレストパリのようなロングの舗装路コースにはうってつけのタイヤとなりました。重量も240gと700×26Cのタイヤ並みの軽さです。何よりもケージングを補足しなやかな素材にすることによって得られる振動吸収性の向上はとても大きいものです。

チューブはソーヨータイヤさんが開発中の650B用のラテックスチューブです。すでに700C用のチューブは市販されていますが、最近のマスメーカーの27.5インチタイヤの採用拡大に対応するように650B用のチューブを研究開発しています。ラテックスですから軽いことはもちろんですが、超軽量タイヤのしなやかさをスポイルすることなくさらにソフトな乗り心地をもたらしてくれます。

 

ペダル

ペダルはシマノのA600です。実物を見るととても原型をとどめておりません。塗装を剥がして走行に不要な部分はすべて削り落としてしまいました。

ペダルシャフトは中国製と思われるサードパーティのチタンシャフトのものにしましたがこのチタンシャフトが直にボールを受ける構造で、ものの60kmも走ると使い物にならなくなってしまったのです。そこでこのチタンシャフトを削って適合するシールドベアリングを用意して対応しています。

 

ブレーキ

ブレーキはカンチアーチのグランボア「ミラン」です。最近はMTBのみならずロードの世界でもディスクブレーキにあらずんばという風潮ですが、ディスクにはメンテナンス性の悪さ故に、耐久性と修理の簡便さを必要とされるツーリング自転車には適さないという欠陥があります。さらにはマウント方式によるフレームやドロヨケへの制限もあり、ランドナーには組み入れるのには不向きなシステムです。最も問題なのはスルーアクスル方式対応のエンドによりフレームそのものも一般普及のものとは互換性がなくなってしまい、旅先での重大なトラブルに対応できないのです。またスルーアクスルではホイールの着脱が手間のかかり、クイックレリーズならぬスローレリーズになってしまっています。

グランボアではセンターブレーキ「シュエット」をまず開発しました。これは半世紀以上にわたりツーリング車に使用されていたマハックのレーサー・ライドのディメンションをそのままに、現行パーツとの組み合わせにも合うようにデザインをモダナイズドして製作したものです。ただ太めのタイヤにはやはりブレーキ開放時のホイール取り扱いが楽なカンチブレーキも必要と考えセンタープル「シュエット」に続けて開発したものです。ベースになったのはフランスのドロヨケメーカー・レフォール社の作っていたカンチブレーキですが、これをブレーキ台座もマハックとは異なり、またそのままのディメンションでは全く効かないブレーキでした。そのディメンションを様々に変更した末に導き出した数字をもとに製作しましたのが「ミラン」です。私の使用感ではセンタープルシュエットより制動力は上と思います。重要なのはフレーム側のブレーキ台座の位置で、特にピポットのピッチがマハック・クリテリウムと同様に75mmである必要があります。現行の市販フレームのカンチ台座は今世紀になってシマノが作ったシクロクロス用カンチに準拠しているためピポットピッチが82mm前後と拡がってしまっています。そのためミランのパフォーマンスを発揮させることはできません。でもピポットピッチ75mmで作られたフレームではあれば遺憾なくそのパフォーマンスを感じていただくことができます。

今回のCdMではさらに軽量化を進め、本体・ブレーキシュー・ギロチンダルマの肉抜き加工を施し、トーイン調整機構の省略とボルト・ナット・ワッシャーのチタン置き換えを行っています。

ブレーキケーブルは日泉ケーブルのSP31のインナーケーブルに、フレンチビンテージのアルミ版アウターです。丸線構造のアルミアウターは平線のアルミアウターよりわずかながら軽量になっています。

 

ドロヨケ

使用したドロヨケ本体は本所工研のH50Nという、極々普通の丸型断面のモデルです。これをグランボアのER輪行で使用しているフレームへの着脱金具を取り付けて、輪行時の手間を簡単に済ませることができるようにしています。ただ今回はライトを前ドロヨケの先端に持ってきていますので、その電装コードの処理で悩んで出した結論がこれです。

ドロヨケ側には通常のクラウンで使用する大きなゴムのワッシャーを絶縁体として使用してそこに大きな平ワッシャーを乗せて接点としています。これに対してクラウン裏にはカーボンブラシと同様にバネで伸び縮みする接点を埋め込んでいます。これでドロヨケを外すのにいちいちコードを取り扱うこともなく、また組み立て時もそのまま取りつければ給電状態になるようにすることができました。

 

サドル

今回のサドルはイデアル90チタンベースです。現在製作されているイデアル90ですがとても革質が良くなって旧いイデアルの劣化した革を張り替えて新品にすることができます。当然昔のアルミベースやチタンベースのサドルの革の張替えを希望されるロングユーザーの要望に応えているうちに、チタンパーツやアルミクロワッサンの再生産を行いチタンベースが活することになったのです。今回はさらなる軽量化を求めて革を固定するリベットもアルミでとリクエストしたところ、イデアルが答えてくれて金属部分はアルミとチタンで作られた超軽量イデアル90が出来上がりました。

シートピラーはヨシガイさんのグランコンペENEピラーです。このピラーは私が初めて台湾の自転車産業の中心地「台中」を訪れた際にお世話になったダイヤコンペ台湾のK氏にこんなシートピラー捜してますとお話ししたところ見事にぴったりのピラーを捜して、ポリッシュ仕上げにという無理な希望を聞き届けていただいて商品化されたものです。このピラーのお陰でピラーのヤグラを隠してスマートなサドルの取り付けができて本当に助かっています。サンエクシードのクランクやディレイラーもそうですが、こうした皆さんの協力あって今なおランドナーのスタイルは維持されているのです。今回はCdM用としてセンターのボルトはTi製に交換、フレームに隠れる部分も最低限の5㎝と短くしてあります。

 

ハンドル

グランボアのハンドルはかつてフランスで使われていた代表的なハンドルを復刻したものです。フランス型マースバーは1960年代から70年代に作られていたフィリップ・プロフェッショナルを模しています。リーチが長く作られているこのハンドルはステムの突き出しを短くしてフロントバッグとサイクリストとの位置関係を良好なものにしてくれます。最近のハンドルはやたらにリーチが短くその分ブレーキレバーのボディを大きく前へ伸ばす形にしています。乗車姿勢に変わりはないように見えますが、フロントバッグを取り付けますと前輪の中心より前へ飛び出る形になってしまい、ハンドル操作にも影響します。ステムの突き出しは短く、リーチのあるハンドルでポジションを確保するのがランドナーの姿と思います。そのフランス型マースバーにエアロ形状のブレーキレバー・・・ちょっと最近聞かない言葉かも・・・を取り付けるのであればやはりエアロレバーが登場してきたときのように、ハンドルにブレーキケーブルを添わす溝が必要ということで、今回新たにバージョンを増やしました。ううう、在庫が増えていく・・・

ステムはスイッチを取り付けるために従来品のグランボアクロモリステムを改造しています。引上げ棒の入るコラム部分を単なるパイプにしてそのトップにプッシュ式のライトスイッチを嵌めてフォークコラム側の電装コードとは樹脂コネクターを使って接続できるようにして、ハンドルを分離することも可能にしています。これでフォーク抜き輪行も可能になりました。

バーテープはフランスランドナー伝統のニス仕上げです。改めて説明しますと普通の白色コットンバーテープの上に、シラックニスというバイオリンなどにも使われる伝統工芸的なニスを塗ります。2日間程かけて塗っては乾燥させてを20回ほどは繰り返して塗って仕上げます。綿のバーテープは通常1年ほどで巻替えの必要がありますが、このニスの塗布によって10年以上持つほどに強度アップします。私の1996年製のグランボア1号車は10年ほど前に追加塗りをしてまだまだ使えます。特にセーム革のグローブを嵌めて使い込むとシットリとしてとても良い感じになります。

 

キャリア

フロントキャリアは今回のCdM用に5mmパイプで製作したものです。さすがに5mmで作ると強度的には大分落ちますが、私がフランスでもっとも野心的かつ実用的なランドナーと敬服している初代サブリエールのランドナーのキャリアが5mmパイプで作られています。私の手元にあるサブリエールの5mmキャリアはかなり曲がってしまっていますので、やはりどちらかというと決戦用のキャリアでしょうか。クラウンへの固定はフォークコラム内に電装のための仕掛けを入れているため、クラウンサイド留にしています。

バッグ

今回のフロントバッグは登山用のザックの素材を使って強度アップと軽量化を図りました。昔の登山用のキスリングは自転車同様帆布で作られていて雨に降られると水にぬれて重くなり、長いこと使っていると擦り切れて穴も開いたものでした。いま登山用品店に並ぶザックは色とりどりで、本当に軽く丈夫になっています。また薄い生地なのにとても丈夫です。これを自転車で使わない手はないとまずは生地をネットで捜して、グランボアのアイディアを盛り込んで使い勝手を考えたバッグとなりました。手作りですが、幾度となく作り直しても生地が傷むことなくサイド縫い合わせることができるので本当に丈夫な素材であることがわかります。

今回はブルべ用に走行中の食糧補給を考えてマップケース直下のポケットに厚みを持たせてチャックでの開閉を使って中身を取り出しやすくしてあります。また着替えなどは巾着式の小型スタッフバッグに入れて後ポケットの位置に紐で固定できるようにして、走行中に脱落することがないように巾着の紐を本体と一体のバッグサポータへ縛ってつけてあります。

バッグサポータの受金具は現在販売していますクロモリステム用をそのまま使っています。今回はフロントバッグを全オリジナル化して製作していますので、それに合わせてバッグ側の形を大きく変更してバッグのサイドまで支えるようになっています。

 

ライト

ヘッドとテールのライトはハブダイナモからの給電により点灯します。

ヘッドには1950年代のフランスのシビエ製の小型砲弾型ライトのボティを使いました。径40mmのこのライトはエルスやサンジェも好んで使っていたデザインと機能がマッチした一品です。このライトからレンズ部を取り外して、JBT号に使用したシマノ製のシティ車用のLEDランプの回路及びレンズを嵌めこんでいます。このLED用レンズをシビエのボティへ嵌め込むための枠を挽き物で製作してあります。

テールライトもLEDでキムラ製TL-06Aです。このテールは数年前にフルオーダー車用に製作しておいたもの。今回フロントのLEDランプに合わせての選択です。

 

更に今回は日本のブルべの規定に対応するようにバッテリー時のライトも前後に用意しています。フロントにはキャットアイの吊り下げ式のライトの新製品G VOLT70をフロントキャリアサイドに吊り下げました。ライトスイッチがボディ後部上方に移動していて、キャリアに下げた時のライトのオンオフの操作がとてもやり易くなっといます。

テールライトはキムラのTL07を軽量加工してもらったスペシャルモデルです。レンズは直付けシートテールTL06A用に作った専用品になっています。9gの軽量化です!

 

リフレクターにはバランスの良いサイズの軽量リフレクターはほぼ14g程度の横並びです。手持ちの中からちょっと昔のフランス製の角型プラモデルのバスタというものを選びました。トゥークロメとスラムのカーボンの黒色とのバランスをとって黒色のリフレクターです。

 

小物

ボトルケージは今年の5月に亡くなられたフレームビルダー入部氏の作品です。3mmのステンレスパイプを器用にロー付けして製作したもので、最初に手にしたのは私が学生時代の40年ほど前でした。20年ぐらい前フレームの修理をお願いするようになってから製作を依頼したところ、復活製作していただけました。その後バネ付きの新しいバージョンも作ったのですが、やはり昔から作っていたこのスタイルが一番です。もはや入手することができなくなってしまってとても残念です。今回は前回のCdMの時に使ったものの使い廻しです。

 

最後にベルは東京サンエスさんの「スプリングベル」をグランボアで加工した品です。単に丸い穴を開けるのではなくデザインを考えて楕円と円を組み合わせて作っています。これでもちゃんとした警報音が鳴ります。これも前回のCdMの時に当時スタッフだつた野田君(今春福岡で独立開業しました)の製作したものです。今は後輩スタッフの伊藤が作り方を引き継いで製作しており、なかなかの価格ながら海外のお客様に売れています。

 

以上とりとめもなく書き綴ってきましたが、部品のひとつひとつ語り出すときりがなく、まだまだ書き足らないのですがひとまずの報告とさせていただます。今週末の幕張でのサイクルモードには実車を展示します。ご来場いただければ直接解説をさせていただきます。皆様のご来場をお待ちしています。

 

親方


 

10月の第3土日はポリージャポンの日です。以前は店を休んでの参加でしたが近年は店の若いスタッフを連れて参加して、店は専務に留守番をお願いしています。

1993年以来27回目となるこのイベント、すでに4半世紀を越えて続ているかなりディープな自転車マニアの集まりです。今回32名の参加者のうち半数近くが皆出席か1回の欠席したただけという具合なのですから・・・ただし4半世紀も続くと当然その分皆さん歳を取りまして、当初は30代半ばだった私でもすでに還暦を越えてしまっています。それでも飽きることなく参加を続けられるのは参加する皆さんの相変わることのない自転車に対する情熱と、極めて日本人的なエンスーアジャステックな自転車に対しての探求心だと思います。

ポリージャポンのメインイベントとしては、テーマに沿って作られた自転車を競うテーマ車部門と、車種関係なくレストアの技術・蘊蓄を競うレストア部門でコンクールデレガンスが行われます。これはカルフォルニア・ぺブルビーチでの自動車のコンクールデレガンスに倣い、純粋に美しく優美な道具としての自転車そのものを楽しむ場として行われます。

さて今回のテーマは「重そうに見えて軽く走る自転車」でした。実際に軽いか重いかということよりは、その自転車の製作思想や技術的な特徴を持ってその軽さを強調することができるかということになります。平たく言ってしまえばいかにテーマにこじつけてプレゼンするかということなのですが、近年どんどん抽象的になってくるテーマに対して、ネタ元になるジテシンャを用意することができるかがポイントになります。

 

今年の第一位は東京のU氏のトーエイの軽キャンピング車でした。かつて出版されたトーエイ写真集の表紙になった緑のトーエイです。重々しいイメージがあるキャンピング車をライトキャンピング用に仕立て上げたコンセプトが評価されています。自転車自体もクラッシックキャンピングの定番と言えるビンテージフレンチパーツをふんだんに使用して、さらには東叡社製の様々なオリジナルパーツが満載された一台です。中学生の頃から半世紀以上ビンテージパーツの収集を続けて、筍デモンタや超軽量車など歴史に残る名車をオーダー製作したオーナーの面目躍如の一台です。

第2位は初参加された東京のo氏の戦前の英車「パラゴン」、そして3位には私が製作した今年のConcours de Machineグランボア出走車が選ばれました。

 

レストア部門ですが第一位は大阪のK氏夫妻のエルスのタンデムでした。素材になったこのエルスタンデムの元々のオーナーはかの鳥山新一氏で、有名なトゥークロメのシクロ仕様のシャンテルーとは別に欧州走行用にフランスにおいていたタンデムなのです。80年代に日本へ持ち帰り、その後はあまり乗られることもなく最近K氏のところへ譲られたものです。K氏の何も引かない、何も足さないという完全オリジナル思想でレストアされたシャンテルーは新品の時以上に輝きを取り戻していました。

 

さてポリーはこれだけではありません。必ずコンクールとは関係なく持ちこまれる自慢の愛車のお披露目があります。ことしはトーエイ製の折り畳み自転車でした。これは1957年頃に初代東叡社社長打保梅治によって製作された折り畳み車を復元製作されたものです。

 

パーツ構成等はオーダーされた方々の細かな注文に対応したスペックになっていて、それぞれ面白い自転車になっています。

 

実際にどのように折りたたむのか東叡社の山田社長に実演してもらいました。

お折りたたむとこんな状態になります。

オーナーの趣味により小物も凝っています。ヘッドバッヂは1964年のトーエイの東京五輪バッヂ、ロックは現行品の馬蹄錠を加工しています。

この折り畳みトーエイですが、限定5台の製作だったそうです。あとの3台も見てみたいですね。

 

帰り支度でエルスのタンデムデモンタを分解している京都のK氏です。このエルスも半端なくすごいタンデムでした。何よりもK氏のタンデムデモンタ機構についての解釈とエルスの技術的問題点の解決へのアプローチに説得力がありました。

 

ひとずじ縄では行かない面々の持ち寄る自転車の数々、本当に飽きることがなく、もっと精進しなければと思います。

来年のテーマは「色にこだわりのある自転車」です。さてはてどんな自転車が持ち込まれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

親方


前回までの記事はこちら

①スタート~FOUGERES 306㎞

②FOUGERES 306㎞~Brest 610km

 

【Brest 610km ~CARHAIX-PLOUGUER 693㎞】

Brestのコントロールではレストランで食事を摂り、周りの話し声や雑音が気になったが15分程テーブルに突っ伏して目を閉じた。

仮眠と言えるかは微妙だったが多少は眠気がとれたのでレストランを後にした。扉を開けて外に出ると気温が下がり肌寒い。ここに到着したときにアームウォーマー、レッグウォーマーを付けたので更にネックウォーマーも追加して夜間走行に備えた。そう、夜間走行用に用意した装備がもう一つあって、ベルクロでヘルメットに装着するヘッドライトだ。明るいホワイトLEDと優しい光の暖色系LEDを切り替えられるもので、主に手元やキューシートを照らすために使用する。昼間は重りでしかないので外してフロントバッグにしまい、夜間走行時のみ装着する。PBPのコースにつづら折れの下りはないので無くても走行に支障はないが、無いとちょっとだけ不便。そんな存在の装備だ。

BrestのPCを出発すると市街地を下り基調で一気に走り抜ける。街は寝静まっているが、自分と同じくパリへ向かうランドヌールと今まさにBrestに到着したランドヌールがフリーの音を響かせている。

街の外へ出ると往路より北側の道路を走ってPBP最高地点へ向かう。月が明るく前には前走者のテールライトがぽつぽつとゆらぐのが見える。実を言うとこの時、すでに睡魔に侵され始めており、前にライダーがいると視線はテールライトへ吸い寄せられしばらくすると意識が飛びかけることが度々あった。効率よく進むためにトレインに加わりたかったが意識が無くなりそうだったので途中立ち止まってハンドルに突っ伏したりもした。誰かと先頭交代をしたほうが速く走れるけれど後ろに回ったとたんに眠たくなる。睡魔は一晩目よりも強くなっていて厄介だった。

ブレストに向かう往路の集団とすれ違う。ベルを鳴らしたりしてお互いを励ます。この延々と続くライトの列は過去の参加者のブログなどで言及されていたのでなんとなく想像はできたが実際に目にすると感動した。

 

夜の街は寝静まっている。それでも自転車にちなんだ飾りつけや私設のエイドステーションなどが必ず一か所はある。

 

 

【CARHAIX-PLOUGUER693㎞ 20日5:11】スタートから36時間11分


補給をして出発する。暖かい食べ物が嬉しい。サポートの3人も眠そうだ。

 

空が青みがかってきた。

ようやく夜明けを迎えた。霧が出ていて走っているとアイウェアやアームウォーマーに水滴がつくほど濃い霧だった。

徐々に霧が晴れて視界が開けてくる。

 


 

イタリア人のグループとしばらく走った。僕が眠くて集団から千切れかかると、マダムが声をかけてくれた。話を聞くとバイクメーカーをスポンサーにつけてトランスコンチネンタルレースなどを完走、PBP1200㎞はトレーニングのようなものだとか。睡魔で時折ふらつく自分に対して彼女は常に安定したペダリングで余裕を感じられた。この会話のおかげで眠気は飛び、太陽が上がると共に調子が戻ってきた。今回痛感したのだが自分は寝ないと調子よく走れないのだ。

写真右側の彼はポーランドから来ていた。100㎏近くありそうな身体ながら平坦も登りでも一定のケイデンスで(しかもシッティングのまま)イタリアグループと共に走っていた。苦しそうなそぶりも見せず淡々と走り続ける姿はかっこよかった。

 

 

【LOUDEAC783㎞ 20日9:49】

復路のルデアックに到着。PBPという名の1200㎞スタンプラリーも徐々に終わりが見えてきた。

 

 

 

 

【FOUGERES 923.5km 20日16:09】
城塞がきれいなFOUGERESに到着。明るいうちに距離を稼ぎたいのでここでは最低限の停車にとどめてバッグとポケットに補給食を詰め込み出発した。

コンクール参加チームであるVagabondeCyclesのタンデムが後ろからやってきた。大半のコンクールマシン参加チームがF組スタートで、ここまでランデブーすることが無かったので一緒に走れることがうれしかった。


タンデムは平坦がとても速いので少しでも楽をしようとVagabondeCyclesのタンデムを先頭にしたトレインが形成された。40㎞h近いスピードでどんどん前を抜いていく。

 

【VILLAINES-LA-JUHEL 1012km 20日20:07】スタートから51時間
コントロールの数キロ手前で合流したRossmanCyclesのハーンさんと一緒に到着した。PBPを複数回経験している彼の走りと時間の使い方は学ぶ点が多かった。

コントロールではいつものように補給食を補充し、食事を摂った。出発前にトイレに行ったのだが便座に座ると安心感からか急に眠たくなってそのまま眠ってしまった。思い返せばここで長めの仮眠をとるべきだったのだ。

万全の状態(この時はそう思っていた)で3度目の夜が始まった。次のコントロールまで90㎞弱。普通に走れば4時間少々で到着できるだろう。

 








【MORTAGNE-AU-PERCHE 1097km  21日6:37】スタートから61時間半
「ヴィラネラジュエルからモンタンオーペシェまで85キロ。普通だったら5時間もかからないはずなのですが、サポートにとってもライダーにとってもこの区間が最も辛い区間となりました。車での移動は1時間ほどですのでずっと車内やコントロールの中の休憩所で待っていたのですが、GPSを見ていると40-50キロほど進んだところでパッタリと動かなくなってしまったのです。夜中の気温は数字は確認していませんが、持っていたダウンのジャケットを着ていてもまだ寒いくらい。「まずいなぁ。」と親方と話してリタイア覚悟で迎えに行ってみるか、と思った矢先にGPSが動き出す。そして、また止まる。そうかと思えば、「あ、道が違う。間違ってる。」と親方。なかなか近づいてこないその点をただただ祈るような気持ちで夜通し見つめていました。先にも少し書きましたが、サポートカーとして登録した車はコントロールポイント周囲5キロまでしかコース上に入ることはできません。やっとその点がコントロールまで2.4キロとなった時、また動きを止めたので車で見に行きました。ですが、草むらや人家の庭先などをのぞいてみましたが姿はなく、そうこうしている内に夜明けを迎え、前野は私たちが探しに出ている間にコントロールにたどり着いていました。ホッとしました。やっと会えた時、ちょっとボーとした様子でしたが、怪我も無く、しっかり食事もとれました。ですが、この区間のことはほとんど覚えていない、断片的なシーンしか覚えていないと彼は言いました。」
2019コンクールとパリブレストパリ 3
 

これはサポート隊から見たMORTAGNE-AU-PERCHEまでの85㎞。実のところ、この区間に関して覚えていることは少ない。写真も殆ど撮っていない。
記憶ではどこかの町で急に行き先が分からなくなり、停車を繰り返したこと。それと自暴自棄になって叫んだ覚えもある。あとは数時間後に草むらから起き上がり、自転車にまたがって電池切れ寸前のスマホのマップを頼りに(ナビゲーションに使っていたGPSは電池が切れていた)最後の10㎞ほどを進んだことである。それとPCが位置する街を勘違いして関係が無い集落をぐるぐる回った記憶もある。
確かに気温は低く寒かったと思うが、それよりも眠気と疲労で気が狂いそうなくらい辛かった。正直、この時知り合いが近くにいなくてよかったと今になって思うくらいである。自転車に損傷はなかったので無意識の状態でも自転車をいたわっていたのはよかった。気が狂って草むらに放り投げたりしていたら大変である。コンクールマシン参加とPCでサポートが待っているという責任がなければ朝まで倒れていたかもしれない。万が一草むらで寝る場合は、親方にショートメールを送る約束をしていたので、連絡を取ることは頭の片隅にあったのだが何も出来ずに寝てしまった。PCに着いたときはまさかサポート隊がこんなに心配していたなんて思わなかったので、後でこれを知って申し訳なく思っている。

食事を摂ってゆっくり休んで再出発。計画どおりであれば今頃ランブイエのゴールに60時間で到着していたはずだが現実を受け入れるしかない。これから気温が上がり、草むらで寝たおかげで頭も冴えているのでペースを上げられるだろう。


 

MORTAGNE-AU-PERCHE出発後気温がどんどん上がっていったので防寒具を脱ぎ、鬱陶しく感じたのでグローブも外して素手で走った。まだゴールまで100㎞あったので手が痛くなるようならグローブを付け直すつもりでいたのだが、1219㎞のフィニッシュまで素手で問題はなかった。今回、自分が乗ったグランボアのコンクールマシン2019はフレームは乗りなれたカイセイの4130Rで構成され自分にとっては硬すぎず柔らかすぎず絶妙な乗り味。路面からの振動や衝撃はフレームが全体で緩和してくれるのはもちろん、650×38Bエキストラレジェタイヤがその大半をフレームに伝わる前に打ち消してくれるような感覚だ。

そして乗り心地に寄与したと思うのがハンドル周りだ。使用したハンドルはグランボアフランス型マースバー410㎜溝付きでリーチが長いクラシカルな形状のハンドルだ。ショルダー部分を地面と水平になるようにセットするとドロップ部分は地面に向かって下がる状態になるのだが、これが深い前傾を取りやすくしてくれる。最も握る時間が長い肩~ブラケット部も最近主流のリーチが短いハンドルであればブラケットとショルダー部のポジション差は小さいが、このハンドルはリラックスして走るときはショルダー部分、少し力を入れて走りたいときはブラケット部分と使い分けができる。
肩がせりあがったフランス型ランドナーバーも好きだが、同じフレーム、同じ長さのステムで比較した場合ポジションが起きるのでこちらはもっとゆったりと走る場合に向いていると思う。ドロップ部分の曲げ形状が似ているがフランス型マースバーの方が深曲がりなので下ハンが遠くなりより深い前傾が取れる。それに対しフランス型ランドナーバーは少し浅めの曲げで肩部分がアップしていることも相まって下ハンを楽な姿勢で握りやすい。

今回は舗装路のみなのでマースバーを選んだが、6月のジャパンバイクテクニークのような荒れた林道を走る場合はランドナーバーの方が扱いやすいと思う。

 


今度はスペインチームのトレインに混ぜてもらう。

 

【DREUX 1174.5km 21日12:03】スタートから67時間

最終コントロールに到着。残りは45㎞、2時間あればゴールできるはずだ。蟹雑炊を食べてエネルギー補給。ゴールが近いのでみんなの表情が明るい。

 


とうとう走行距離が1200㎞を越えた。ゴールまで本当にあと少しだ。


残りの約15㎞はこの人とアタック合戦をしてペースを上げ続けた。ランナーズハイのような状態で疲労を一切感じず、力いっぱいペダルを回すのが気持ちよかった。

お互いの走りを称えあってランブイエの市街地に到着。PBP前の試走や買い出しで何度も通ったのでランブイエ市街地は見慣れた景色になっていた。ここを3日前の夕方に出発して大西洋に面するブレストへ行き、また走って帰ってきたという実感は無かった。

 





【Rambouillet 1219㎞ 21日14:18】スタートから69時間16分
フィニッシュに到着。長かったような短かったような不思議な気分でゲートをくぐった。達成感も感じたが1200㎞走ったという事実をうまく呑み込めなかった。


ブルべカードを提出し、最後のスタンプを貰って完走メダルを受け取る。3日間頑張ってよかった。苦しんだ3回目の夜に諦めなくてよかった。






ゴール後はコンクールの車検等を受けて会場内の飲食スペースで昼ごはん。

1200㎞を完走できたのは親方、はるみさん、ジャン・フィリップ氏この3名のサポートがあった部分が大きい。もちろん2019年は例年よりもブルべの出走を増やして長距離走に慣れるようにしたし、自転車はコンクールマシン用に最高のものを使うことが出来たので完走できたのは身体や機材面も大きい。ただ、1200㎞の旅路で途中のコントロールで待ってくれている人たちがいたことは大きな心の支えになった。長距離を走るときは身体の調子が成否を左右するのはもちろんだが、モチベーションが失われると身体は大丈夫なのに一気に走れなくなることがある。3回目の夜は正にその状態だったのだが、こうしてゴール出来たのはサポート隊の3人がいたから消えそうな灯でも耐えることが出来たのだと思う。
この3名のほかにも2017年に続き現地で通訳をしてくれた小林さん、PBP前に訪れたサンジェのオリビエ氏など多くの人から走りに関するアドバイスや励ましの言葉を頂き、そして日本からインスタグラムやフェイスブックを通じ多くのメッセージを受け取りました。応援いただきました皆様本当にありがとうございます。

自分がこのパリブレストパリ/コンクールマシンを無事に走り終えることが出来たのは、ここに来るまでに関わったすべての人たちのおかげです。このレポートも本来ならもう少し早く完結させたかったのですが、なかなかこの体験を消化できず今に至ってしまいました。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


 

↓各コントロールの通過時間、平均速度など

 

今回使用したグランボアのコンクールマシン2019はアイズバイシクル店頭で展示しています。どうぞ実際にご覧ください。

まえの


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