アイズの独り言>

2020.11.23

SR600紀伊山地

こんにちは、スタッフの前野です。
オダックス近畿主催のパーマネントブルべSR600紀伊山地を走ってきました。
SR600のコースは600㎞獲得標高10,000m以上の挑戦的な山岳コース。3年前に初めてSR600に挑戦したSR600四国山脈では天候や道路事情、見通しの甘さからコースの半分も走らないうちにDNFとなりました。→ SR600四国山脈

今回選んだのは泉佐野発着のSR600紀伊山地。600㎞で獲得標高は約11000mとSR600としては優しめのコースです。
葛城山、吉野山、玉置山、護摩壇山、高野山等々コースに含まれる山道は名の知れたところばかり。関西の屋根大台ケ原が幸いにも(?)コースには含まれていませんが、いずれにしても登りと下りをいかにスムーズにこなして計画通りに走るかが今回の完走のカギでした。


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1日目
PC1りんくうタウン駅 0km 11/10 5:00

初日は5:00~20:00を走行時間、20:00~翌朝4:00までを宿での休憩に充てる計画です。まずはりんくうタウン駅で時刻証明となる入場券をゲットして走り始めます。

 

夜明け前の市街地を抜けて葛城山へ。

 

 

葛城山の登りは序盤は優しめ、後半がかなり厳しい勾配です。京都だと花背峠に近い印象でしょうか。葛城山の登坂中に夜明けを迎えました。

 

PC2 和泉葛城山 23.6㎞ 11/10 6:47

ほぼ予定通りの時刻に葛城山頂上に到着。

葛城山から紀ノ川方面へ下るのですがこの区間が激坂。果樹園の中を通る20%以上はあろうかという急坂をソロソロと下りました。晴天だからよかったものの雨が降っていたら大変。

 

 

PC3 丹⽣都⽐売神社 48.4㎞ 11/10 8:10

神社まで一登りしてPC3到着。坂は多めだけれど順調です。ちなみにこの神社の名前読めますか?
正解は「にうつひめ神社」です。

 

PC4モンベル五條店 78.7km 11/10 9:29

紀ノ川沿いを吉野方面へ。平坦区間なので登りで失った時間を稼ぎます。でも風向きは味方してくれてるとは言い難いです。

 

道なりにそのまま川上村方面へ向かいたいところですがコースは吉野山へ。

 

99.4km PC5 コウヤマキの群落 11/10 10:44

吉野山の下りでPCに設定されている看板を発見。このあたりも紅葉が綺麗でした。

 

 

吉野山を下った後は169号線で大台ケ原方面へ。今年の夏に走った道なのでこのあたりは勝手知ったる場所。雄大な景色が紅葉に彩られてフォトタイムの連続。写真を撮るのに忙しくなかなか進めません。

ちょうど昼時だったので道の駅杉の湯川上でカレーライス大盛を注文。30分ほど休憩しました。今回は3日に分けて600㎞を走る計画。ファーストランでタイムを狙うわけではないので計画に対して遅れていないか気を付ければ大丈夫。お昼の時点で時間に余裕があることが分かってきたので焦らず急がずサイクリングを楽しみます。

 

大台ケ原分岐手前のループ橋。道が紅葉に吸い込まれていくよう。

 

大台ケ原への分岐通過後、和佐又トンネルを抜けると長い下り基調に。上北山村も絶景ポイントの連続。下りの途中で止まるのが惜しいですが、素通りしてしまうのはそれ以上に惜しいので自転車を停めて写真を撮ります。
まとまった登りは丸山千枚田へ向かう登りくらいでそれ以外は細かいアップダウンを含んだ下り坂。予定より3時間近く早く新宮の宿に到着できそうです。

 

下北山村の集落でおやつ休憩。ピーナッツチョコを食べました。ちなみに今回の補給食はほとんどクリーム玄米ブラン。カロリーメイトよりもしっとりしていて味の種類も豊富でおいしいです。朝昼夕の3食を普通に食べて、走行中におなかがすいてきたらクリーム玄米ブランを食べていました。

飲み物は750mlボトルを2本差してきましたが序盤の吉野山までは中身を入れず、その後は1本だけお茶を入れて使っていました。お茶をメインにしておくとボトル周りがべとつかず、たまに飲むスポーツドリンクやコーラがとてもおいしく感じられます。

 

 

188.4km PC6 七色ダム 11/10 15:30

七色ダムに到着したのは15:10頃。時間帯通行止めで15:00~15:30の間が通れなかったので日向で靴を脱いで休憩できました。じつはダムに着いたとき、写真の看板の位置を勘違いしていて素通りしそうになったのですが、時間帯通行止めのおかげで行き過ぎる前に気が付くことができました。

 

207.4km PC7丸山千枚田 11/10 16:37

夕暮れの綺麗な時間に丸山千枚田に到着。ここに来る間も棚田は何か所かありましたがここ丸山千枚田は圧巻です。大小1300枚以上の棚田と中央に鎮座する巨岩。巨岩の存在がこの景色をより特別なものにしているように感じました。ちなみにこの中央の巨岩は御神体とかでは無いようです。見事な岩だったのでてっきり祭られていると思いました。

 

日没を迎えて新宮市街に到着。丸山千枚田付近では1台も車に会わなかったので交通量の多さに驚きます。今日は平日、お仕事帰りの車ですね。

 

PC8 熊野速玉大社 231.5km 11/10 17:57

初日最後のPCをクリア。宿はここから1㎞程のところにあるビジネスホテルを予約したのでさっさとチェックイン。計画では20時までを走行時間に充てたので2時間余分に休むことができます。食事して風呂に入って荷物を整えてあれこれやっていると夜の時間はあっという間。21時ごろ眠りにつきました。

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2日目

新宮のビジネスホテルで約10時間の休憩後、午前4時にスタート。

2日目は4:00~20:00を走行、20:00~翌4:00を宿での休憩に充てます。初日よりも厳しく長い登りが多いので時間が余ることはなさそうです。

夜の間、自転車はフロント前で預かっていただけました。暖かい屋内で支度ができるのでありがたいです。

 

PC9 熊野那智大社 253.4㎞ 11/11 5:00

少し寒いけど着込んでいれば大丈夫。そんな気温の中走り出して約1時間で熊野那智大社に到着。那智大滝の音も聞こえてきますが全く見えませんでした。明るい時間に登ったら紅葉と那智大社、大滝のコラボが見られたはず。

 

那智大社通過後も海沿いの市街地の明かりと朝焼けの空を眺めながら登り続けます。

 

初日の丸山千枚田は圧巻でしたが、普通の景色の中にも見事な棚田や山村風景を見ることができるのも紀伊半島の魅力です。

 

色川の集落で自動販売機を発見。このコース、コンビニは少ないのですが自動販売機は頻繁に見かけたので真夏を除けば1ボトルで十分走れます。

 

色川から熊野川までの区間は所々路面が荒れています。でもSR600を走る前に未舗装林道を沢山走ったのでこの程度じゃまだまだ。とは言え落石、落ち枝などのトラブルにつながる要素はたくさんあるので慎重に。車通りも少なく携帯も圏外の場所が多いので安全第一。
酷道区間を抜けて集落に出る直前にイノシシと鉢合わせたときは焦りました。
向こうが逃げてくれてよかった…

 

熊野川沿いに出ると気温が上がって暑くなってきたので夜間装備から昼間装備に切り替え。レインジャケット、ビーニー、ニッカー、ネックウォーマー、冬用グローブを外してスッキリ。停車した橋の上は日光が良く当たって気持ちがいいです。
ああ、この熊野川沿いに平地を流せば熊野本宮大社に着くのですがコースは北進して玉置山を登れと言っています。

 

玉置山はふもとの分岐から約800mアップ。こちらも中腹あたりの紅葉が綺麗でした。

天気も良く、登っている間は汗が吹き出してきます。登りに時間を喰われて昨日に比べると進捗が良くありません。早く登り切って距離を稼ぎたい!

 

玉置山のラスト2㎞、この玉置神社分岐から先がなかなかパンチのある坂でした。今回のブルべで一番きつかったのは玉置山でしょうか。

 

PC10 大峰奥駈道 石碑 334km 11/11 10:51

玉置神社駐車場への分岐を通り過ぎて少し下ったところに石碑はありました。石碑で写真を撮った後は玉置神社約2㎞の看板まで折り返します。

 

PC10の石碑から引き返す途中、行きでスルーした玉置神社駐車場への分岐を500mほど進んで玉置神社に寄り道しました。

神社の入り口まで登ると開けた駐車場になっているのですが周囲の山々を見渡せて写真のようにいい景色!駐車場には管理小屋と自動販売機、軽食を出す売店がありました。玉置神社も参拝しようと思ったのですが境内の広さに驚き。折角でしたが宿になるべく早く着きたいので本殿に行くのは諦めてコーラを飲んで出発しました。

しかし、こんなに景色がいいのだからPC10は石碑じゃなくて玉置神社でもよかったのでは…

 

これから下っていく十津川村が見えます。狭くてコーナーの多い山岳路なのですが大型の観光バスが器用に上っていきました。玉置神社参拝ツアーでしょうか。

 

PC11 熊野本宮大社 362㎞ 11/12 12:12

玉置山から1時間少々で熊野本宮大社に到着。十津川村から熊野本宮大社まではカーブの少ないバイパス道路を通るので楽に距離を稼げます。普段なら無機質な高規格道路は自転車で走って楽しいとは思えないのですが、この日走ってきたのは山間部の狭路ばかり。久々のスムーズな路面を殆ど漕がずに、滑空するように下り基調の道を楽しみました。

 

ちょうどお昼時なので熊野本宮大社すぐそばの定食屋さんで昼食。唐揚げ定食大盛!

御飯が運ばれてくるまでの間に次のPCの位置を確認したり、キューシート、コマ図の整理をします。一応計画通り20時までには宿につけそうですが、できることなら護摩壇山で日没を迎えたいもの。
この時点で宿まで約100㎞。最後に龍神スカイラインを登るので昨日のように余裕を持って宿に着くのは難しそうです。
定食を食べ終えて12:50頃再スタート。お腹いっぱい、眠くなりそう。

 

PC12 近露王子跡 384.7km 11/11 14:04

一山超えてPC12に到着。ログを見ると玉置山と高野龍神スカイラインに挟まれて目立ちませんが500mくらいまで登ってます。登りは頑張っても見返りが少ないので淡々とペダルを回し、平坦と下りで時間を取り返します。

 

16:20頃、龍神温泉を通過。ちょうど2日目の200㎞地点なのでここに宿を取ってもよかったのですが本日の宿はまだ40㎞先の野迫川村。「龍神温泉にしとけばよかったな~」とぼやきながら先へ進みます。陽も傾いて日没は目前。

走って実感しましたがSR600紀伊山地を60時間のランドヌール部門で宿泊しながら完走するなら初日は新宮、二日目は龍神温泉に宿泊するのがバランスがよさそうです。初日230㎞、2日目200㎞、3日目170㎞になるので疲労がたまってくる2日目3日目の距離が短くなります。それと2日目に玉置山と護摩壇山をまとめて登らなくて済みます。
陽の長い季節なら4:00~19:00くらいを走行時間に充てて、殆どライトを使うことなくSR600を完走することも可能でしょう。来年は陽の長い季節の明るい時間帯だけでSR600 完走なんてのもやってみたいです。夜間走行が無くて2泊も宿で過ごすと普通のツーリングみたいですね。でも夏は気温が高いので考えているほど実際は甘くなさそう。

 

高野龍神スカイラインのピーク、ごまさんスカイタワーまであと10㎞。だいぶ暗くなってきました。ひたすら登ります。

 

登り勾配が厳しくなっていたところで綺麗な空が見えました。
この昼から夜に切り替わる数分の間だけ見える青い空が好きです。山の中で日没を迎えると心細さを感じますが、このグラデーション掛かったブルーを見ると一日中走っていてよかったと思えます。

 

標高900mを通過。1230mまで登るのでまだ先は長いですが、暗闇で景色に変化がないのでこういう看板があるだけでうれしいです。龍神スカイライン入り口までは数台の車とすれ違ったのですが暗くなってから車の往来はゼロ。

 

PC13 護摩壇山 450.4km 11/11 18:36

龍神温泉通過から約2時間、ごまさんスカイタワーに到着。さすがに標高が高いので、登りで温まった体が冷えないうちに夜間装備に着替えました。夏に走りに来たときはこんな暗闇の中登ることになるなんて思いもしませんでした。

ちなみに、明るい時間のごまさんスカイタワー駐車場からは周囲の尾根を見渡すことができます。
こちらは夏の写真ですが絶景でした!

龍神スカイラインを北上して林道の分岐を曲がれば野迫川村への下りに入ります。尾根を走る龍神スカイラインは風が強く、気温も低かったので長居したい場所ではありませんでした。
野迫川村へは曲がりくねった山道を降りていくのですが鹿、タヌキ、ウサギ等の野生動物が横切るのはもちろん、落石が散らばっていたりしてこの日一番緊張しながら走りました。龍神スカイラインですら日没後に車と出会うのは稀なのでここでトラブルを起こしたくありません。

19:25この日の宿、ホテルのせがわに到着。手前のキャンプ場、そしてホテルの灯りが見えたときはホッとしました。

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3日目

19:30~6:00の約10時間半ホテルに滞在した後、薄明かりの中再スタート。

当初の計画は3日目も4:00スタートをだったのですが、紅葉が綺麗な時期なのに暗闇の中通過してしまうには勿体ない。それにホテルのせがわの居心地がよかったのも朝の出発を2時間遅らせた理由です。昨晩、寒空の下走った後に入ったホテルの暖かいロビーと大浴場の湯舟は天国のようでした。

 

PC14 熊野参詣道小辺路 470.5㎞ 11/12 6:05

ホテルのせがわから走り出して数分でPC14に到着。

 

谷間にある野迫川村から出るにはどの道を通っても坂道を登らなくてはなりません。朝からがっつり登らされますが、目に飛び込んでくるのは綺麗に色づいた紅葉に覆われた山々。そしてカモシカに出合いました!



 

PC15 高野山金剛峰寺 495.2㎞ 11/12 7:42

登り坂を終えて野迫川村脱出後、高野龍神スカイラインで高野町へ。

金剛峰寺チェック後、少し進んだところにあるファミリーマートで朝食。食事をしながらこの後のタイムスケジュールを考えます。今日は出発時刻を2時間遅らせましたが「この後、海南までは下り基調。和歌山、泉佐野間は大きな登り(最後のPC17は激坂の上にあります!)は無いから信号と風向き次第では12時台のゴールも出来そう…」と、ちょっとだけ甘い計算をしていました。
この時の頭の中のイメージは、高野山から海南までジェットコースターみたいに一気に下って後は平坦を踏んでゴールまで行ける。実際は細かい起伏や風向き、信号などがあるのでそんな簡単に走れるわけがないのですが。

大門前で記念撮影。ここからしばらく楽しいワインディングの下りです。

かつらぎ町、紀美野町を抜けて海南市へ。地図だとあまり目立たない場所かもしれませんが、走りやすい道でした。このあたりまで来るとサイクリストもちらほら。

 

海南市から和歌山市へ。今朝、山奥の野迫川村にいたのが嘘のような景色の変わり振りです。
交通量が多くなるので無理せず安全に。

 

PC16 和歌山マリーナシティホテル 549.3㎞ 11/12 10:10

ここからゴールまで約55㎞、これならりんくうタウン12時台着の認定時間55時間代でゴールが出来そうです。いや、この時は余裕で12時台にりんくうタウンゴールだと思っていました。

 

さあさあ、PC17が見えてきました。どこかって?あの向こうに見える丘の上のホテルがPC17です!
いやぁ、えげつない場所をPCにしたものです。

 

PC17 休暇村紀州加太 574.1km 11/12 11:33

国道沿いにある休暇村紀州加太の看板から距離約800mで標高100mアップします。これで坂道は泉佐野近くの橋を除けば正真正銘の最後。3日間良く登りました。

 

加太出発後、阪南と泉南は信号の多さに悩まされました。もう信号インターバルトレーニング状態。青になったら加速してスピードにのせたところで次の信号が黄色になって減速。赤信号に捕まると1分以上喰われて更にゼロ発進なので時間もエネルギーも効率の悪いことこの上なし。500mおきくらいでそれが続いたので気が付けば時刻は12時を回り、ゴールは13時過ぎもあり得る状態に。
和泉チェンの本社がルート沿いにあったので余裕があれば記念撮影でもしたかったのですが、写真を撮る時間も惜しかったので漕ぎ続けました。


ようやく関空連絡橋とりんくうタウンのビル群が見えてゴールを確信。ギリギリ13時前ゴールで55時間代のタイムで申請できそうです。

 

PC1/ゴール セブンイレブンりんくう松原店 602.7㎞ 11/12 12:59

ゴール到着後、自転車を立てかけてヘルメットを外し、マスクを着けてセブンイレブンの店内へ。
平静を装いながら急いでレジのすぐ近くにあったミンティアを持って会計へ!
貰ったレシートの時刻は12:59!ギリギリ13時前にゴールすることができました。
今回のSR600紀伊山地のタイムは55時間59分。

もし13時を回っても制限時間内の完走に違いはないのですが、今回は55時間計画ということでプランを立てていたので最後で辻褄を合わせたかったのです。

 

ちなみ今回のブルべカードはこんな感じです。それぞれのPCの記入欄に日付、時刻を記入していきます。

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今回のSR600チャレンジの事の発端は、最近よく一緒に走りに行っていたバイトの井越君にツーリングコースとしてこのコースを勧めたことにあります。学生生活の残りの時間を有効に使ったらどうかと、このSR600紀伊山地を走ってみることを勧めたのです。
実は昨年、PBPへ行く前に走り込みを目的でSR600紀伊山地にエントリーしていたのですが、都合がつかずに出走を延期。延期状態のまま1年以上ほったらかしにしていました。
今年はコロナ禍ということもあって前半はブルべ自体が中止となり、9月ごろからようやく開催を再開。個人的な休みの関係などもあって今年のブルべ出走はもういいかなと半ば諦めムードだったのですが、どうにも我慢できませんでした。ブルべの代わりに未舗装林道を走りに行ったり、サイクリング自体は割と頻繁にしていたのですが何かが足りなかったのです。日帰りの150㎞じゃ何かが足りない。そんな時にSR600の話を井越君にして、改めてコースを確認しているとこれは面白そうだ。それに11月なら紅葉も綺麗だろう。そういえばエントリーして出走権はあるから日程だけクリアできれば走りに行ける!そこから主催者に再出走日時を連絡して会社から休みも頂き、今回の出走にこぎつけました。
そうです、人に勧めていたはずが自分に火をつけてしまいました。

これが決まったのが出走の約1か月前。エントリーしたブルべと同じ距離を出走までの1か月の間に走っておけば体力的に余裕を持って臨めるというのが自分の経験の中であったので、出走を決めた10月から約1か月間走りに行く機会と距離を増やして準備を進めました。
走行計画では3年前のSR600四国山脈での失敗があるので今回は時間を削る走りはせず、あらかじめ立てた計画をこなす方向で完走を目指しました。タイムスケジュールはスマホのカレンダーで管理し休憩の度に確認。計画があるので走行中に時間に関する余計な心配をすることが無くなるので精神的に安定します。
それと今回は宿を2泊予約してから出走したのも大きかったです。二泊で20時間半休憩できたので睡魔に襲われることもなく、安定して走り続けることができました。約56時間のうち20時間半ホテルに滞在したので屋外での活動時間は35時間ほど。これは普通の600㎞ブルべをややゆっくり完走する時と同じくらいの時間です。SR600の制限時間は2017年に現在の60時間制限に改められ、このようなゆとりのある走行プランが立てられるようになりました。以前は50時間にコースの獲得標高に応じた制限時間が追加されていたので、従来のルールだと紀伊山地のコースは52時間くらいが制限時間になるでしょうか。ともあれ、今回は完走することが出来たので次回は旧制限時間内での完走、ゆくゆくは宿を取らないファーストランスタイルでの完走も目指していこうかと思います。

思いがけず今回のレポートは長くなってしまいましたが最後までお付き合い頂きありがとうございました。
ランドナーでのブルべ出走を計画されている方、ブルべを見据えた自転車の製作を計画されている方、どうぞお気軽にご相談ください。自転車のことだけでなく装備や走り方等、お力になれれば嬉しいです。

まえの

こんにちは、スタッフの前野です。
先日開催されたオダックス近畿主催のブルべBRM315近江八幡200㎞に参加してきました。
まず結果から言うとDNF。完走していません(^^;) 何故こうなったのか簡単に紹介していきます。

自分にとって昨夏のPBP以来のブルべ。事前準備のコース確認やキューシートの印刷、参加申込書の記入など去年は淡々と行っていた作業が新鮮に感じました。今回の目的は200㎞の認定獲得と4月に控えているグループで走るブルべ“フレッシュ”にむけて走力を向上させること。徐々に長時間の走行に体を慣らして4月を万全の状態で迎えるためです。この日はブルべ200㎞+自宅から近江八幡駅まで往復約100㎞を自走することにしました。なのでセルフ300㎞ブルべということです。

 

コースはJR近江八幡駅前をスタートして→ 日野 → 御杖 → 曽爾 → 伊賀上野 → 信楽 → 近江八幡に戻る206㎞。獲得標高は3000m越えで高い峠はないものの登りが多いコースです。

当日の天気は午後から崩れる予報。ただ、予報と照らし合わせた自分の計画では8時にスタートして17時ごろゴール、自走で2時間半かけて帰宅しても雨からギリギリ逃げ切れる算段でした。走行時間が短く獲得標高が3000m超の登りが多いコースなので余分な荷物は持つ必要が無いと判断し700Cロードで出走しました。荷物を減らすために今回は輪行袋、レインジャケットも持っていません。コースに含まれる地域に京都まで輪行で帰りやすい駅が少ないこと、200㎞ブルべは基本的に日没までにゴールできるので何かトラブルがあった場合でも対処できる可能性が高いということもロードに決めた理由です。
計画段階の僕は忘れていました。3月中旬と言えど気温は低く、天気は必ずしも予報通りにならないことを。

4時過ぎに起床、5時に自宅を出発し大原→途中越え→琵琶湖大橋経由で近江八幡駅に向かいました。大原では気温計が̠−2℃を指し末端に痛みを感じる寒さ。それでも途中越えを琵琶湖大橋へ向けて下るころには陽が昇り暖かさを感じるようになりました。

近江八幡駅前でいつものようにブリーフィングを経て8時スタート。今回のブルべはPCが2か所、フォトチェックが1か所、通過チェックが1か所の計4か所の通過証明が必要です。まずは18㎞地点のフォトチェックから。

フォトチェック後はアップダウンの多い伊賀コリドールロードをパックになって飛ばします。

67㎞地点のコンビニでパックから外れて以後単独走行に。今回のコースは普通なら気が付かないような林道が数か所組み込まれていて刺激的でした。この写真の後、下り区間もかなり荒れていて泥除けのない自転車はドロドロになりました。

95㎞地点の通過チェックは道の駅に設置されているスタンプをブルべカードに押します。

伊賀上野から信楽に抜ける御斎峠(おとぎとうげ)の登りから天候が怪しくなってきました。

みぞれ混じりの雨がポツポツ・・・まだ想定内です。

御斎峠の峠には句碑があります。ちなみに峠の石碑は伊賀上野側、峠の少し手前にあります。

信楽に下ると路面はウェット。PC2で紅茶を飲んで暖を取ります。朝ドラ効果と思われる交通量の多さに驚きながら湖南市へ抜ける今回最後の登り、アセボ峠にかかります。峠を登り始めてすぐに空が暗くなり雨が降り始めました。標高を上げていくと雨はみぞれ交じりに打ち付け全身を冷やし始めました。

多少の雨なら上半身はメリノウールのウェア、下半身はビブタイツの撥水効果で気にならないのですが今回の雨とみぞれには完敗。持ちこたえていたビブタイツに水が浸透し始めると一気に冬の寒さに。そして下りではフロントのマッドガードとフラップが無いので路面から跳ね上げた冷水でシューズもあっという間に水浸しになりました。

アセボ峠を下りきって湖南市に入るころには雨も上がっていたのですがこの時すでに17時過ぎ。ゴールの近江八幡方面に向かう交差点のコンビニでいったん止まりこの後どうするか考えました。現在地は190㎞地点でゴールまで16㎞。ゴールまで走るのは問題ないのですがその後が大変です。ゴール後近江八幡から自宅まで54㎞を走れば帰宅は確実に21時過ぎ。ここでやめて自宅まで最短コースを走れば約40㎞。まもなく日没を迎えて気温が下がるのに服は濡れていて防寒具もなく、頼みの綱である輪行袋も持っていません。今回のブルべはPBP出場がかかっているわけでもないし、風邪を引いて翌日動けなくなるリスクを取る価値は無し。残り僅かですがブルべはここで中断し、自宅まで最短ルートで帰ることに決めました。
湖南市からは近江大橋、山科を経由して京都市内へ。大津に着いた頃には寒さで指先の感覚が無く、補給食の包装も開けられないほどでしたが牛丼屋で夕食を摂って復活。20時過ぎに帰宅することが出来ました。
ブルべの認定こそ取れませんでしたがこの日は自走で54㎞+ブルべと自宅まで合わせて233㎞の計287㎞を走ったので満足です。DNFした後はしばらく気持ちも沈むのですが今回は清々しい気分です。


使用した自転車です。タイヤは昨年7月のブルべから使用している700×28Cエキストラレジェ。パンク修理、サイドカット対策のタイヤブート、チェーントラブル、各部の調整に対応できる工具に加え、補給食や増えた荷物を携帯するためのグランボア印の軽量サコッシュをシートチューブのツールケースに入れています。サコッシュは朝、自宅から自走する時におにぎりを運ぶのに役立ちました。ブルべ中は必要なかったのでツールケースの中へ折りたたんで収納。今回はしませんでしたが輪行時に身の回りの携行品などをまとめるのに便利です。携帯工具はトピークのラチェットロケットライトDX+。フルセットでは携帯せずラチェットハンドル、エクステンションバー、4~6㎜のビットとチェーンツールビットのみを携行しました。

夏ならこの装備でも問題なくゴールまで走って自走帰宅できたと思いますがこの時期は雨具、輪行袋などの保険を掛けておくべきでした。

ハンドルはリーチが短いアナトミックシャロー形状のグランボアモダンマースバー。日東M106と同様の形状ですがバルジ加工のハンドルです。アルミに焼き入れがされたハンドルに比べるとしなりを感じやすく長時間の走行に適した優しい握り心地です。


変速レバーはダイアコンペのパワーラチェットタイプでカンパニョーロヴェローチェ10速の前後メカを動かしています。こちらのレバーはインデックス式ではなくフリクション式ですが、ラチェット機構のおかげでリアメカのテンションに負けることもなく絶妙な具合です。実際に使うまでは10速をインデックス無しで変速させることに懸念があったのですが調子よく変速が決まります。
Wレバーにするとダンシング中や荒れた下りでの変速が困難になり走行性能の向上という点でメリットはほぼありません。
それでもWレバー特有の「レバーを動かしてシフトケーブルを引いて(緩めて)変速機を移動させ、チェーンが変速した瞬間のショックがWレバーを介して指に伝わる」一連の流れ。これは電動変速やデュアルコントロールレバーでは味わえないものです。これが味わいたいが故にWレバーに変えました。このアナログな操作感はハマりますよ。

 

さて、次に予定しているブルべはBRM328近江八幡300㎞。もちろん次回はフロントバッグに雨具と輪行袋を入れてランドナーで走ります!

まえの

前回までの記事はこちら

①スタート~FOUGERES 306㎞

②FOUGERES 306㎞~Brest 610km

 

【Brest 610km ~CARHAIX-PLOUGUER 693㎞】

Brestのコントロールではレストランで食事を摂り、周りの話し声や雑音が気になったが15分程テーブルに突っ伏して目を閉じた。

仮眠と言えるかは微妙だったが多少は眠気がとれたのでレストランを後にした。扉を開けて外に出ると気温が下がり肌寒い。ここに到着したときにアームウォーマー、レッグウォーマーを付けたので更にネックウォーマーも追加して夜間走行に備えた。そう、夜間走行用に用意した装備がもう一つあって、ベルクロでヘルメットに装着するヘッドライトだ。明るいホワイトLEDと優しい光の暖色系LEDを切り替えられるもので、主に手元やキューシートを照らすために使用する。昼間は重りでしかないので外してフロントバッグにしまい、夜間走行時のみ装着する。PBPのコースにつづら折れの下りはないので無くても走行に支障はないが、無いとちょっとだけ不便。そんな存在の装備だ。

BrestのPCを出発すると市街地を下り基調で一気に走り抜ける。街は寝静まっているが、自分と同じくパリへ向かうランドヌールと今まさにBrestに到着したランドヌールがフリーの音を響かせている。

街の外へ出ると往路より北側の道路を走ってPBP最高地点へ向かう。月が明るく前には前走者のテールライトがぽつぽつとゆらぐのが見える。実を言うとこの時、すでに睡魔に侵され始めており、前にライダーがいると視線はテールライトへ吸い寄せられしばらくすると意識が飛びかけることが度々あった。効率よく進むためにトレインに加わりたかったが意識が無くなりそうだったので途中立ち止まってハンドルに突っ伏したりもした。誰かと先頭交代をしたほうが速く走れるけれど後ろに回ったとたんに眠たくなる。睡魔は一晩目よりも強くなっていて厄介だった。

ブレストに向かう往路の集団とすれ違う。ベルを鳴らしたりしてお互いを励ます。この延々と続くライトの列は過去の参加者のブログなどで言及されていたのでなんとなく想像はできたが実際に目にすると感動した。

 

夜の街は寝静まっている。それでも自転車にちなんだ飾りつけや私設のエイドステーションなどが必ず一か所はある。

 

 

【CARHAIX-PLOUGUER693㎞ 20日5:11】スタートから36時間11分


補給をして出発する。暖かい食べ物が嬉しい。サポートの3人も眠そうだ。

 

空が青みがかってきた。

ようやく夜明けを迎えた。霧が出ていて走っているとアイウェアやアームウォーマーに水滴がつくほど濃い霧だった。

徐々に霧が晴れて視界が開けてくる。

 


 

イタリア人のグループとしばらく走った。僕が眠くて集団から千切れかかると、マダムが声をかけてくれた。話を聞くとバイクメーカーをスポンサーにつけてトランスコンチネンタルレースなどを完走、PBP1200㎞はトレーニングのようなものだとか。睡魔で時折ふらつく自分に対して彼女は常に安定したペダリングで余裕を感じられた。この会話のおかげで眠気は飛び、太陽が上がると共に調子が戻ってきた。今回痛感したのだが自分は寝ないと調子よく走れないのだ。

写真右側の彼はポーランドから来ていた。100㎏近くありそうな身体ながら平坦も登りでも一定のケイデンスで(しかもシッティングのまま)イタリアグループと共に走っていた。苦しそうなそぶりも見せず淡々と走り続ける姿はかっこよかった。

 

 

【LOUDEAC783㎞ 20日9:49】

復路のルデアックに到着。PBPという名の1200㎞スタンプラリーも徐々に終わりが見えてきた。

 

 

 

 

【FOUGERES 923.5km 20日16:09】
城塞がきれいなFOUGERESに到着。明るいうちに距離を稼ぎたいのでここでは最低限の停車にとどめてバッグとポケットに補給食を詰め込み出発した。

コンクール参加チームであるVagabondeCyclesのタンデムが後ろからやってきた。大半のコンクールマシン参加チームがF組スタートで、ここまでランデブーすることが無かったので一緒に走れることがうれしかった。


タンデムは平坦がとても速いので少しでも楽をしようとVagabondeCyclesのタンデムを先頭にしたトレインが形成された。40㎞h近いスピードでどんどん前を抜いていく。

 

【VILLAINES-LA-JUHEL 1012km 20日20:07】スタートから51時間
コントロールの数キロ手前で合流したRossmanCyclesのハーンさんと一緒に到着した。PBPを複数回経験している彼の走りと時間の使い方は学ぶ点が多かった。

コントロールではいつものように補給食を補充し、食事を摂った。出発前にトイレに行ったのだが便座に座ると安心感からか急に眠たくなってそのまま眠ってしまった。思い返せばここで長めの仮眠をとるべきだったのだ。

万全の状態(この時はそう思っていた)で3度目の夜が始まった。次のコントロールまで90㎞弱。普通に走れば4時間少々で到着できるだろう。

 








【MORTAGNE-AU-PERCHE 1097km  21日6:37】スタートから61時間半
「ヴィラネラジュエルからモンタンオーペシェまで85キロ。普通だったら5時間もかからないはずなのですが、サポートにとってもライダーにとってもこの区間が最も辛い区間となりました。車での移動は1時間ほどですのでずっと車内やコントロールの中の休憩所で待っていたのですが、GPSを見ていると40-50キロほど進んだところでパッタリと動かなくなってしまったのです。夜中の気温は数字は確認していませんが、持っていたダウンのジャケットを着ていてもまだ寒いくらい。「まずいなぁ。」と親方と話してリタイア覚悟で迎えに行ってみるか、と思った矢先にGPSが動き出す。そして、また止まる。そうかと思えば、「あ、道が違う。間違ってる。」と親方。なかなか近づいてこないその点をただただ祈るような気持ちで夜通し見つめていました。先にも少し書きましたが、サポートカーとして登録した車はコントロールポイント周囲5キロまでしかコース上に入ることはできません。やっとその点がコントロールまで2.4キロとなった時、また動きを止めたので車で見に行きました。ですが、草むらや人家の庭先などをのぞいてみましたが姿はなく、そうこうしている内に夜明けを迎え、前野は私たちが探しに出ている間にコントロールにたどり着いていました。ホッとしました。やっと会えた時、ちょっとボーとした様子でしたが、怪我も無く、しっかり食事もとれました。ですが、この区間のことはほとんど覚えていない、断片的なシーンしか覚えていないと彼は言いました。」
2019コンクールとパリブレストパリ 3
 

これはサポート隊から見たMORTAGNE-AU-PERCHEまでの85㎞。実のところ、この区間に関して覚えていることは少ない。写真も殆ど撮っていない。
記憶ではどこかの町で急に行き先が分からなくなり、停車を繰り返したこと。それと自暴自棄になって叫んだ覚えもある。あとは数時間後に草むらから起き上がり、自転車にまたがって電池切れ寸前のスマホのマップを頼りに(ナビゲーションに使っていたGPSは電池が切れていた)最後の10㎞ほどを進んだことである。それとPCが位置する街を勘違いして関係が無い集落をぐるぐる回った記憶もある。
確かに気温は低く寒かったと思うが、それよりも眠気と疲労で気が狂いそうなくらい辛かった。正直、この時知り合いが近くにいなくてよかったと今になって思うくらいである。自転車に損傷はなかったので無意識の状態でも自転車をいたわっていたのはよかった。気が狂って草むらに放り投げたりしていたら大変である。コンクールマシン参加とPCでサポートが待っているという責任がなければ朝まで倒れていたかもしれない。万が一草むらで寝る場合は、親方にショートメールを送る約束をしていたので、連絡を取ることは頭の片隅にあったのだが何も出来ずに寝てしまった。PCに着いたときはまさかサポート隊がこんなに心配していたなんて思わなかったので、後でこれを知って申し訳なく思っている。

食事を摂ってゆっくり休んで再出発。計画どおりであれば今頃ランブイエのゴールに60時間で到着していたはずだが現実を受け入れるしかない。これから気温が上がり、草むらで寝たおかげで頭も冴えているのでペースを上げられるだろう。


 

MORTAGNE-AU-PERCHE出発後気温がどんどん上がっていったので防寒具を脱ぎ、鬱陶しく感じたのでグローブも外して素手で走った。まだゴールまで100㎞あったので手が痛くなるようならグローブを付け直すつもりでいたのだが、1219㎞のフィニッシュまで素手で問題はなかった。今回、自分が乗ったグランボアのコンクールマシン2019はフレームは乗りなれたカイセイの4130Rで構成され自分にとっては硬すぎず柔らかすぎず絶妙な乗り味。路面からの振動や衝撃はフレームが全体で緩和してくれるのはもちろん、650×38Bエキストラレジェタイヤがその大半をフレームに伝わる前に打ち消してくれるような感覚だ。

そして乗り心地に寄与したと思うのがハンドル周りだ。使用したハンドルはグランボアフランス型マースバー410㎜溝付きでリーチが長いクラシカルな形状のハンドルだ。ショルダー部分を地面と水平になるようにセットするとドロップ部分は地面に向かって下がる状態になるのだが、これが深い前傾を取りやすくしてくれる。最も握る時間が長い肩~ブラケット部も最近主流のリーチが短いハンドルであればブラケットとショルダー部のポジション差は小さいが、このハンドルはリラックスして走るときはショルダー部分、少し力を入れて走りたいときはブラケット部分と使い分けができる。
肩がせりあがったフランス型ランドナーバーも好きだが、同じフレーム、同じ長さのステムで比較した場合ポジションが起きるのでこちらはもっとゆったりと走る場合に向いていると思う。ドロップ部分の曲げ形状が似ているがフランス型マースバーの方が深曲がりなので下ハンが遠くなりより深い前傾が取れる。それに対しフランス型ランドナーバーは少し浅めの曲げで肩部分がアップしていることも相まって下ハンを楽な姿勢で握りやすい。

今回は舗装路のみなのでマースバーを選んだが、6月のジャパンバイクテクニークのような荒れた林道を走る場合はランドナーバーの方が扱いやすいと思う。

 


今度はスペインチームのトレインに混ぜてもらう。

 

【DREUX 1174.5km 21日12:03】スタートから67時間

最終コントロールに到着。残りは45㎞、2時間あればゴールできるはずだ。蟹雑炊を食べてエネルギー補給。ゴールが近いのでみんなの表情が明るい。

 


とうとう走行距離が1200㎞を越えた。ゴールまで本当にあと少しだ。


残りの約15㎞はこの人とアタック合戦をしてペースを上げ続けた。ランナーズハイのような状態で疲労を一切感じず、力いっぱいペダルを回すのが気持ちよかった。

お互いの走りを称えあってランブイエの市街地に到着。PBP前の試走や買い出しで何度も通ったのでランブイエ市街地は見慣れた景色になっていた。ここを3日前の夕方に出発して大西洋に面するブレストへ行き、また走って帰ってきたという実感は無かった。

 





【Rambouillet 1219㎞ 21日14:18】スタートから69時間16分
フィニッシュに到着。長かったような短かったような不思議な気分でゲートをくぐった。達成感も感じたが1200㎞走ったという事実をうまく呑み込めなかった。


ブルべカードを提出し、最後のスタンプを貰って完走メダルを受け取る。3日間頑張ってよかった。苦しんだ3回目の夜に諦めなくてよかった。






ゴール後はコンクールの車検等を受けて会場内の飲食スペースで昼ごはん。

1200㎞を完走できたのは親方、はるみさん、ジャン・フィリップ氏この3名のサポートがあった部分が大きい。もちろん2019年は例年よりもブルべの出走を増やして長距離走に慣れるようにしたし、自転車はコンクールマシン用に最高のものを使うことが出来たので完走できたのは身体や機材面も大きい。ただ、1200㎞の旅路で途中のコントロールで待ってくれている人たちがいたことは大きな心の支えになった。長距離を走るときは身体の調子が成否を左右するのはもちろんだが、モチベーションが失われると身体は大丈夫なのに一気に走れなくなることがある。3回目の夜は正にその状態だったのだが、こうしてゴール出来たのはサポート隊の3人がいたから消えそうな灯でも耐えることが出来たのだと思う。
この3名のほかにも2017年に続き現地で通訳をしてくれた小林さん、PBP前に訪れたサンジェのオリビエ氏など多くの人から走りに関するアドバイスや励ましの言葉を頂き、そして日本からインスタグラムやフェイスブックを通じ多くのメッセージを受け取りました。応援いただきました皆様本当にありがとうございます。

自分がこのパリブレストパリ/コンクールマシンを無事に走り終えることが出来たのは、ここに来るまでに関わったすべての人たちのおかげです。このレポートも本来ならもう少し早く完結させたかったのですが、なかなかこの体験を消化できず今に至ってしまいました。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


 

↓各コントロールの通過時間、平均速度など

 

今回使用したグランボアのコンクールマシン2019はアイズバイシクル店頭で展示しています。どうぞ実際にご覧ください。

まえの

スタートからPC1まではこちら

 

 

PC1 VILLAINES-la-JUHEL217㎞ 19日1:29

PC1での休憩はジュースを飲むことにとどめ、再びバイクにまたがって出発した。まだ自分の周りを走っているのはA~E組のライダーとタンデムやベロモービルだけだ。後ろの90時間組に追いつかれていないことから全体の中でもいいペースで走れている。当初の計画よりも僅かに遅れていたが、太陽が昇ればパワーが出るので焦る必要はない。夜明けまでは不意に眠くなったりするのでペースを上げることよりも無理のないペースを維持することを意識して走り続ける。

 

 

 

PC2 FOUGERES306㎞ 19日5:46

 

ここではコーラとアップルパイを食べた。出走前の計画ではブルべ中の補給食の大半を日本から持ってきた補給食で補う予定だった。しかし、持参した補給食のみだと飽きてくるので眠気覚ましも兼ねて軽食コーナーを利用した。

日本の8月なら4時半頃には明るくなるが、フランスの場合は2時間ほどそれが遅くなる。日の入りが遅いのと同様に日の出もゆっくりだ。この写真を撮影したのは8月19日午前7時。日本なら5時前くらいといわれても違和感がない。街の人々の動きも同様で、フランスの午前7時は日本の午前5時頃と同じような空気が流れている。

 

 

PC3 TINTENIAC360㎞ 19日8:18

 

この時間になると太陽が昇り始め気温も上昇するのでペダリングに力が戻ってくる。下の写真のようにPBPでブルべカードに押されるスタンプは個性豊か。PCに着くたびにどんなスタンプがもらえるのかが楽しみになっていた。

そしてここTINTENIACでは最初のサポートを受ける。PCから5㎞圏内であればサポートカーとのコンタクトが許されているのでPCと同じ街中でサポートカーに待機してもらった。サポートしてもらうのはここまで消費した補給食、飲み物の補充、そして昼間は不要な防寒具関係を預ける。補給食と飲み物がサポートで補充できるのでPCではブルべカードのスタンプとトイレを済ませるだけでよくなった。ただ、先頭を争うような走りをしているわけではないので結局のところPCでは腰を下ろして休憩するし、朝、昼、晩の3食はレストランの食事を使った。レストランは90時間組の場合、行列が出来て並ぶだけで時間を取られるということだが、80時間組の場合は待っても5分程度なので日本のブルべでコンビニに入るのと大差がない。なので自分のような時間帯で走っている場合、サポートカーが付いても大幅な時間の短縮にはあまりつながらなかった。それよりも、長い道のりでPCで待ってくれているサポート隊の存在自体が心の支えになったし、スピードを維持するモチベーションにつながった。今回、1200㎞のあいだ知り合いはおろか日本人参加者にほとんど会うことが無かったので、PC到着後サポートに合流し食事をしながら会話が出来たのは本当に助かった。

 

 

【ウェアの話】

PBPは昼夜問わず走り続ける。昼間は20~25℃で日本に比べて湿度が低く、サイクリングをするには快適な気候。宿に泊まっておいしい時間だけ走るなら日本の初夏と変わらない服装で事足りるが、ブルべで時間制限がある以上そうはいかない。PBPは標高500m以上の峠を越えることはないので凍り付くような寒さはないが、それでも夜間や早朝は5℃以下まで気温が下がる場所もある。8月だからと油断して軽装で出走するとDNFになりかねない。寒さ、暑さへの耐性は人それぞれなので一概には言えないが夜間の寒さ対策はPBPを完走するうえで重要なポイントになると思う。

自分の場合は半袖ジャージ、半袖インナー、半指グローブ、ビブショーツ、薄手のウールソックスを基本の服装にして、気温に応じて長指グローブ、アームウォーマー、レッグウォーマー、ネックウォーマー、レインジャケットを重ね着して気温差に対応した。想定したのは最高気温25℃、最低5℃程度。6月に参加したBRM622紋別600㎞と同じ組み合わせを使った。ウェアはスタートからゴールまで同じものを使用し、途中で着替えはしていない。自分の好みだが、肌に触れる衣類はビブショーツを除きメリノウール製のものを使用した。防臭効果に優れているのと、汗や霧などで濡れても冷えにくいので長距離サイクリングに適した素材だと感じる。
①基本の組み合わせ


②日没前や明け方

①にアームウォーマー、レッグウォーマー、反射ベストを加える。暑くなったら写真のようにベストのジッパーを開け、アームウォーマーをまくって温度調整。


③夜間、早朝

長指グローブ、レッグウォーマー、アームウォーマー、ネックウォーマー、反射ベストのフル装備。

これでも寒い場合は反射ベストの下にレインジャケットを加える。レインパンツも持参したが使う機会がなかったのでサポートカーに預けた。

冬用のウェアを持っていくほどでは無かったが、寒さは眠気や低体温症を誘発するので防寒具に関してケチってはいけない。暖かいウェアで走っていて暑くなればジッパーを開けたりインナーを脱いで体温調節ができるが、寒さは着込むことでしか根本的な解決はできない。日本であれば夜間でもコンビニが開いていて、レインコートなどを入手できるがPBPの場合それは期待できない。夜中に広大な畑の一本道で寒さに震えないためにも防寒対策は重要だ。

 

 

 

 

TINTENIAC出発後、気温とともに自分の調子も上がってきた。ペースの合う参加者同士でグループができるのでそれを利用しエネルギーを節約しながら距離を稼げる。交通量は少なく、見渡す限りの畑と牧草地の中を進んでいく。

 

 

PC4 LOUDEAC445㎞ 19日12:12

全体の3分の1を消化。補給食は十分に持っているのでブルべカードにスタンプを貰い、長居せずに出発。

 

 

Saint-Nicolas-du-Pélem488㎞

ここはPCではないので止まる必要はないが、トイレと気分転換がしたかったので10分ほど休憩。

ジュースを飲み干し、バナナはポケットに入れて出発。あと40㎞弱で次のPCだ。

 


緩やかに登り、緩やかに下る道が続く。時折ダンシングを織り交ぜるが、これは加速の為ではなく休むために腰を上げている。

 

 

CARHAIX-PLOUGUER521㎞ 19日16:17

ブレスト前最後のPCに到着。サポートカーはまだ到着していなかったので80㎞先のブレストに備えてミートソースパスタを食べた。食べ終わるころにサポート隊が到着。今後の予定について話し合い、ブレストPC5㎞圏内にホテルを確保してあるので場合によってはホテルでの仮眠をとることも視野に入れて走ることにした。ブレストの市街地は複雑なのでサポートカーによる補給は無し、ホテルでの仮眠をしなければサポート隊と会うのはまたこの場所になる。

PCのすぐそばにサポートカーが止めてあったのでPCを出た後、車内で休憩。。ここまでほとんど仮眠をとっていないので車のシートが心地よかった。

 

サポートカーでの休憩はしっかりと眠れた感覚はなかったが、疲労は軽減された気がしたのでブレストまでの約90㎞もペースを落とさずに走ることができた。この区間もトレインに加わって省エネ運転。人の後ろにつきっぱなしだとボンヤリしてくるので時折前を牽いたりもした。

 

ブレスト手前のRoc Travezelが本コースの最高標高地点。電波塔のようなものが見えてくる。360度遠くまで見渡すことができてまるで地の果てのような場所だった。

Roc Travezelを過ぎるとブレスト市内まで下りる。どうにか真っ暗になる前にブレストと大西洋を拝むことができた。

PBPの折り返し地点であり、僕自身初めての大西洋だったのでこの景色には感動した。まるでゴールしたかのような写真を撮影して暫し感傷に浸る。

PC手前では私設のエイドステーションが出ていた。ほかの参加者の流れに乗って自分も一休みしそうになったが、PCまであとわずかなので先に進んだ。

ブレスト市内をPCに向かって走る。ブレストの市内は坂が多く、海岸からPCまで登りっぱなしだった。日本で例えるなら長崎だろうか。

 

 

BREST610㎞ 19日22:10

ようやく折り返し地点のPCに到着。昨日のスタートから29時間が経過している。60時間以内に完走するならば後半のペースダウンも加味して25時間程度での到着を計画していたが、向かい風の影響か時間がかかっている。ブレストではスタンプを貰ってトイレを済ませ、時間は惜しいがレストランでしっかりと夕飯を摂った。

バイクスタンドに並ぶ自転車のメインは80時間組だが、90時間組のプレートを付けた自転車も増えてきた。

これで往路のページがスタンプで埋まった。

 

手前のCARHAIX-PLOUGUERでもパスタを食べたが既に4時間近くが経過しているのでレストランで食事。バゲット、マカロニ、蒸し鶏、サラミ、ニンジンサラダのセット。疲れているとなんでも美味い。

ブレストには1時間ほど滞在し、眠気も感じていたがパリに向かうべく暖かいレストランを後にした。

 

 

③に続く…

まえの

こんにちは、スタッフの前野です。8月18〜22日にフランスで開催されたパリブレストパリ1200km(以下PBP)に参加してきました。
PBPと言えば、ブルべをやっていれば一度は耳にしたことがある言葉でしょう。PBPとはParis-Brest-Parisの略語で、パリと大西洋沿いの港町ブレストを往復する1200㎞ブルべです。その歴史はツールドフランスより古く、現在は4年に1度開催の世界中からランドヌールが集うブルべの祭典です。
今回、自分はビルダーの競技会CONCOURS DE MACHINES 2019(以下CDM)にエントリーしたグランボアのライダーとしてPBPを走りました。PBP出場の経緯に関しては少し特殊ですが、普段は普通に働きながら休日を使ってブルべやサイクリングを楽しむ一般的なランドヌールです。そんな自分が見たPBPを紹介します。

 

【コース】
現代のPBPのスタートはパリではなく、パリから少し西に位置するランブイエです。ランブイエと大西洋に面する港町ブレストを往復する1219kmです。(下のマップは実際に走ったGPSのログです。)

【出走時間について】
普通のブルベは制限時間が一律に決められていますがPBPの場合は80、84、90時間から参加者が選択します。制限時間が短い80時間は18日午後16時から順番にスタートし、その後に90時間組がスタート、84時間組は翌朝のスタートとなります。

今回、自分もこの写真の特別車両枠(CDM参加車両、タンデム、リカンベント、ベロモービル等)90時間F組で17時15分にスタートするはずでした。しかし、事前に日本で本登録する際にCDM主催者側からCDM参加チーム出走時刻変更がこちらに伝わっておらず、80時間E組17:00スタートになりました。1200㎞の制限時間が80時間と90時間では時間の使い方が大きく変わってきますが、CDMで得点を稼ごうと思うと80時間以内のフィニッシュは必須だったので走行計画に影響はありません。(CDMは80時間を境に15分刻みで速い場合は加点、遅い場合は減点)

 

 

【現地での試走 8月15、16日】
フランスにはスタートの4日前に到着。15,16日は時差ボケ解消と身体を慣らすために計200kmほどランブイエ近郊を走りました。
ランブイエに到着した15日は18~20時過ぎまで70㎞程走行。写真のように見通しの良い道路が続き、往路は西からの向かい風であまり速く走れませんでしたが、復路は追い風となり、ものすごい速さで帰ってくることが出来ました。実際にPBPのコースを走ってみると風向きは大きな要素であることを実感した次第です。試走以降、18日からの風向き予報から目が離せなくなりました。


16日は前回2105年までのスタート地点サンカンタンのナショナルヴェロドロームへ。今回のスタート地点は牧歌的な雰囲気のランブイエですが、パリに近いサンカンタンは高規格道路が通り、ショッピングモールがあったりして街の雰囲気が異なります。実はヴェルサイユ宮殿もこの近くにあるので行きたかったのですが時間の都合で諦めました。

【PBPの路面状況】
路面の状態は比較的良好ですが街中には石畳や舗装の割れが散見され、細いタイヤで走るには少しリスキーな場所もあります。CDM号も予備車もエアボリュームに富んだ650×38Bタイヤを履いているので試走もPBP1200㎞もパンクとは無縁でした。

実はタイヤの選択は直前まで親方と悩んだ部分で、今年完走したブルべのほとんどをチューブレスで走った自分は試作品の650×38or42BチューブレスレディタイヤでPBPを走ることを希望していました。しかし、飛行機でチューブレスレディタイヤを空輸することで生じるリスク(空気を抜くことでビードが落ちる可能性、ビードが落ちなくてもシーラントの気密保持層が壊れることで空気圧が安定しなくなる可能性がある、チューブレス空輪の経験が無いのでトラブルの予測がつかない)とCDMの得点で重要な重量面で試作チューブレスレディタイヤ+シーラントの組み合わせと超軽量タイヤ650×38Bグランボアエキュルイユ、SOYO製試作650B用ラテックスチューブ、パンク対策シーラント少量の組み合わせに重量面で大きな差がなかったことから信頼性を重視して試作チューブレスレディタイヤ+シーラントではなく、超軽量650×38Bタイヤ+シーラント入りラテックスチューブの組み合わせに決まりました。
同時にリムも他社製品のチューブレスレディ対応のものからグランボアパピヨンWアイレット28Hに組み替えています。ホイール単体での重量はパピヨンWアイレット28Hに組み替えたことで増加しましたが剛性感に優れ、荒れた路面でも安心して突き進める信頼性の高いパピヨンリムに、前述の超軽量タイヤシステムを組み合わせたことで信頼性と乗り心地、軽やかさを併せ持った足回りが出来上がりました。特に乗り心地と転がり抵抗はチューブレスレディタイヤと同等かそれ以上に好感触で、パンクに対してはラテックスチューブ内に注入したシーラントが対応してくれるのでパンクに対する不安も少ないです。万が一シーラントで防ぎきれないパンクが発生した場合は普通のチューブと同様にパッチで修理するかチューブの交換で済むのでチューブレスのトラブルに比べたら煩わしさも少ないです。

 

 

【PBP走行計画】

8月18日17時ランブイエをスタート、翌朝到着するPC2まではサポート無しで走行。ブレスト手前のタンティアックからサポートを受けつつ走り、21日午前5時までにゴールする計画でした。尚、睡眠に関してはどこで取るかは決めておらず、眠くなったら1~2時間程度寝ることにしました。
トータルの目標は60時間。60時間に目標タイムを設定した理由はGWに走ったBRM502京都1000kmのタイムが59時間台でこれは補給や休憩に多めに時間を割いた上でのタイムでした。高い峠が無く、参加者が多いPBPでは他者と協力し合うことで巡航速度が上がり、PCではサポートを受けられることが決まっていたので自分にとって無謀でない目標時間だと考え60時間としました。

【17日】
前日はPBPの車検と事前受付、CDMの車検と展示。
車検と事前受付は混雑が予想されたので早目に受けられるように午前8時過ぎに会場に到着。この時はまだ列も短く、殆ど待つことなく車検とフレームバッジ等の受け取りを済ませることができました。30分も経つと列は3倍近くに伸びていました。
詳細はこちらの記事で。

 

【18日】1200㎞ブルべが始まる

午前中は宿でリラックスして過ごす。昼頃まで眠りたかったがベッドで横になっても興奮からか深い眠りにつくことは出来なかった。昼食は稲荷寿司とちらし寿司。やっぱりお米を食べるとホッとするし元気が出る。

こちらはスタート時に携行する補給食。計画では400㎞弱約18時間をサポート無しで走るため、そこまでの食事は日本から持ってきた補給食で補う予定だった。そのため1本200kcal前後のバーを多めに携帯した。今回使用するフロントバッグは6月のJBTで使用した試作モデルの進化版。BRM622紋別600㎞での雨中走行などを経てバッグの生地は防水仕様に変更されている。そしてJBT版で既に使いやすかった上蓋の補給食ポケットは、ジッパーの開け閉めがより簡単なものに改良されており今回も補給食の管理に役立った。メインの荷室にウェアや手袋と一緒に補給食を入れると走行時の振動や衝撃で小さい補給食が底の方へ移動してほしい時に見つからなくなることが多々ある。このバッグの補給食ポケットはそういったストレスから解放してくれる。

昼食後15時過ぎに車で会場入りし自転車を組み立てて最終チェック。何せこれから1200㎞を共に走る相棒だ。スタート前から不安要素があっては困るので念入りにチェックした。前日のCDM展示の際にチェーンオイルをふき取っていたので念入りに塗布する。今回も使用するチェーンオイルはフィニッシュラインセラミックウェットルーブ。今年に入ってからすべてのブルべで使用していて滑らかにチェーンが回り、雨に当たらなければ600㎞差し直す必要がないところが気に入っている。

 

スタート待機場所に到着。たくさんのランドヌールと自転車で埋め尽くされている。そこで2月のBRM216小倉300㎞でお世話になったAJ福岡のBさん(いちごオレの方)と会うことが出来た。お話を聞けばなんとモンサンミッシェルに寄り道するそうだ。コースを外れてモンサンミッシェルまで往復80㎞の追加!やっぱりこの会場に来てる人たちは普通じゃない。スタート時刻が近づくとE組の待機列に並び、出発を待った。

最初のテントでブルべカードにランブイエのスタンプを貰う。

スタートゲートの前で17時にを待つ。

17時、E組のスタート時刻だ。1200㎞の旅が始まる。

スタートすると大集団が形成され周囲の流れに乗って進んでいく。1車線をフルに使って走る集団でブルベを進めるというのは国内ではあり得ない状況だ。まるでTVのツール・ド・フランスで見るプロトン。参加者間の間隔がかなり近いので周囲の動きに同調して走り続ける。今ここで変な動きをして前輪をハスったり追突されれば自分だけでなく後ろを走っている大勢の参加者を落車に巻き込みかねない。

スタート直後は緊張してかなりナーバスになっていたが、徐々にリラックスして走れるようになり集団での走行を楽しむ余裕が出てきた。ただ、集団のペースは速く、とても1200km保つとは思えないスピードだ。流れに乗っていれば付いていけるスピードなのと集団から離れて一人になった場合、この日は西風が強く吹いていたのでスピードがかなり落ちることは確実だった。なのでこの時は多少速くても集団の中で過ごすことを選んだ。

118km地点のMORTAGNE-au-PERCHEに到着。グロスアベレージは29kmhを超えていた。

ここはスタンプを貰う必要があるPCではなく、補給食や水などが調達できるサービスポイントだ。ここまでオーバーペース気味の集団についてきたので自転車を降りると体が悲鳴を上げた。乗車中は気が付かなかったが無理をしていたようで屈むことすらままならない。ここで必要な動きは水の補給だけだったが強い疲労感から10分以上動けなかった。15分後にスタートしたF組のタンデムや弾丸のようなベロモービル、そしてコンクールマシンに参加しているRossmanCyclesのハーンさんが早くも追いついてきた。自分も水を汲んでようやく再スタート。こんな所でのんきに休憩していられない。まだ100㎞しか走っていないのだ。

118㎞地点MORTAGNE-au-PERCHEから217㎞地点VILLAINES-la-JUHELまでの約100kmもノンストップで走行するつもりだったが、眠気覚ましのためバーでコーヒーを飲んだ。まだ一晩目だが前走者のテールライトを見ていると吸い込まれるように眠くなる。自分は完走することが最優先事項なので多少のタイムロスはあってもリスクは消していかなければならない。そんな訳でバーの灯りに寄せられたのだ。
結局ここではコーヒーのオーダーや地元の人と話したりして10分ほど使ったが価値のある時間だった。

 

【19日】

約8時間で217㎞地点のPC1VILLAINES-la-JUHELに到着。時刻は深夜1時過ぎといったところだ。ハイペースで走り続けてきたのと眠気で既に疲労感がにじみ始めている。夜は本当に辛い。

まだ残り1000㎞。とんでもないブルべに参加してしまったと思いながら椅子に座って缶ジュースを飲んだ。
 

②に続く…

まえの

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